民主党・小沢一郎が不起訴措置となった。小沢が検察の任意調査に応じてから不起訴にいたる過程で検事側と何か取引があったと思わせるのは、任意調査後の小沢一郎の検察側に対する姿勢である。検察庁も小沢一郎程の大物なので取り調べに対しては無礼が無いように進めたと思われるが、今回の展開で気になるのは水谷建設が賄賂を供述しているのに拘わらず秘書達は政治資金規正法で起訴したが、収賄罪に対しては自白や決定的な証拠が無く公判が維持できない等の理由で捜査が終了することである。勿論、検察側も無闇に政治に介入する事は避けたいであろうが、今回の顛末など当初から分かっていた事なのにここまで行なったのには別な理由があり、小沢と検察側はそれに対して話し合いをする必要があったと思わざるを得ない。この答えとしては、小沢の不起訴前に米国の国務次官補が小沢と面談している事実である。この先に語ることは推測の域をでないが、小沢が頻繁に心臓病の治療として英国に行ったことがヒントかもしれない。大分古い話になるが、マッチポンプ議員として名を馳せた自民党に田中彰治と言う国会議員がいた。年配の方で記憶が良いかたなら恐喝で逮捕されたことを思い出すと思うが、国会の予算委員会を利用したマッチポンプで稼いだ金をスイスの銀行に預金していたとの週刊誌の記事もあった。余談だが、当時の検察は汚職政治家として2人の田中の逮捕を狙っていたが、もう一人の田中とは小沢一郎の親分の田中角栄である。さて、今回の金融危機では思わぬ副産物があったが、それはスイスの各銀行が米国政府に対して屈辱的な預金口座の開示であった。小沢一郎が英国に行って一時的に所在不明となった記事を良く読んだが、穿った見方をすればスイスの隠し口座に対してのアクションと考えられる。この口座を米国国務省に握られ、検察庁は米国から口頭で情報を開示された可能性がある。この推測に基づく今後の展開だが、小沢と検察が取引をしたとすれば小沢は病気を理由に公職から身を引くシナリオである。しかし、米国政府は小沢を利用したいので、小沢が引退に追い込まれるシナリオは好まず隠し口座の資料は検察庁に渡さない事を小沢に伝えたのが不起訴前の小沢と米国国務次官補の会談であると思われる。真実はどうかは今後の小沢の行動で分かるので、このblogが荒唐無稽かどうか判断して下さい。
トヨタの問題はグローバル化の企業規模拡大を目指した当然の帰結
トヨタのリコール問題がマスコミなどに大きく取り上げられているが、何をマスコミは大騒ぎしているのかと余りに無知に驚いている。トヨタの信頼性など国内の部品会社との連携によって作り出されていたもので、海外企業の部品会社に依存すればトヨタの信頼性などGMレベルになることは至極当然なことなのである。この様な事は20年以上前からコスト的に合わなくなって国外に工場が移転した段階で起きていることである。当社の業界でも、ビル内の設備に関しては部品調達を海外に依存するようになってから故障が増加し、日本製品の信頼性などその時点から低くなっているのである。勿論、日本のメーカーの多くは下請け会社も一緒に海外に出ているケース多く、品質管理に気を使っていた事は確かだが、グローバル化にあって果てしないコスト削減努力を必要となってからは日本メーカーの信頼性は年々低下してきている。日本メーカーにとって大変なのは国内と海外との販売を考慮すれば別基準で製造しなければならないことである。確かに、国内のユーザーは海外のユーザーに比べて性能評価やフル装備を要求するなど大変な面があったが、その反面価格的には旨みがあった。しかし、グローバル化の波と考え方が日本人にも浸透し、機能面に比較して価格が取れない様になって来て従来の物づくりの考え方が限界に来てしまったのである。皆が忘れているが、トヨタは自動車の技術が高くて伸びた企業ではなかったのである。日本の道路事情の悪い点を考慮するなど販売戦略で他の自動車国内メーカーを凌駕して行ったのである。その後は看板方式など在庫を持たない工夫で製造コストを抑え、利益率を向上させたが、トヨタなど日本の自動車メーカーが世界で評価される様になったのは、制御装置にIC化を導入し飛躍的に性能がアップしたからである。それまでは海外自動車メーカーの油圧方式に太刀打ち出来なかったのである。新社長となった豊田家の御曹司は金融機関出身と聞くが、私の知る限り「金融機関」と「商社」出身の創業家社長は失敗しているケースが多い。トヨタは技術より販売が企業の成長に大きく貢献してきたが、正に販売を通してユーザーの声を聞いて車造りを行なってきたのでトヨタは強かったのである。それが何時の間にか製造技術や看板方式など販売軽視とは言わないが、製造部門のコスト削減などの声が経営の主流になって来てしまい、今回のリコールの問題が発生したと思料される。グローバル化では企業規模を目指さないと生き残れないと言う考え方が浸透し、更にIT社会ではナンバーワンが圧倒的なシェアを確保すると言われるが、トヨタの新社長も自動車のIT推進派であったことが雑誌か何かに掲載されていた。トヨタがIT社会の法則でナンバーワン企業を目指した結果が今回の欠陥車に繋がったとしたら悲劇である。
汚職政治家と検察
小沢一郎と検察の戦いには多くの人達の意見で世間を賑わしているが、小沢一郎を擁護している人の殆んどは容疑の理由が「政治資金規制法」の点を指摘している。勿論、擁護派の人達も「政治資金規制法」は別件であり、狙いは汚職摘発に追い込むことである事を承知の上でのことと思われる。更に、検察の小沢一郎に対する執拗な追求が、小沢が反米的な姿勢を強めている事と官僚から政治を取り戻すなどの言動もあって今回の捜査に疑いを持たれているのも事実である。しかし、小沢一郎と秘書達の傲慢な態度や小沢のマスコミを使った政敵に対する攻撃を知ってる者は検察の追及を歓迎するであろう。小沢は毎日新聞の政治部の記者を使って自分に邪魔になる政治家のスキャンダルを暴露してきた。又、小沢の秘書連中がビル内の駐車場で接触した大手電機メーカーの社員に対して行なった恫喝紛いの事も聞いた。日本の政治は汚職政治家「田中角栄」の負の遺産を継承する小沢一郎を葬ってこそ良くなると思われる。田中角栄が警察庁出身の後藤田正晴と手を組んで以来、検察が汚職政治家に対する唯一の権力となったことも事実である。国税もそうだが、検察のマスコミに対するリークで国民の支持を得る姿勢は賛成しないが、今回の捜査では小沢一郎と言う強力な政治家相手なので検察庁の人事に介入されるのを防ぐ意味から認めざるを得ないと考える。何れにしても、小沢一郎と言う政治家は権力闘争能力は優れているのであろうが、政策的には評価できる面は一つもなく、闇将軍的な存在は日本にとってはマイナスと思われる。混迷した世の中では強力な権力者を願望するが、歴史的に見るとその時の選択が殆んどは失敗しているのは事実である。検察が小沢に行なっているのは国策捜査ではなく、田中角栄の延長線の汚職政治家摘発であることを国民は理解する必要がある。
未だに海外に回答を求める姿勢が混乱を招いている
日本人は余りにも長い間海外からの知識の導入で国づくりや会社の経営を行なってきたので世界の流れが変わる大事な時代に答えが出せず混迷しているだけである。NHK総合の「坂の上の雲」や「坂本龍馬」は今日的な状況を打破する狙いで放送しているかもしれないが、現代の日本が明治維新時の日本人の意識で活路が見出せる訳が無い。世界中が答えを持っていない今こそ多神教の許容ある国づくりを行なってきた日本の出番である。グローバル化は逆に国の価値を見出した民族が生き残れるのであり、国の誇りを失った民族など世界から相手にされないのである。アフガン戦争など古代から続くイスラム世界とキリスト世界の形を変えた宗教戦争である。欧米諸国と同様に日本が日本人の血を流す支援を行なう様な考え方は基本的に誤っている。9.11事件をテロと言うひと言で世界がイスラム原理主義と対立しなくてはならない様な情報操作が行なわれている。更に言えば、米国の金融資本主義の格差社会の貧困がテロを生み出しているのであり、アフガンなども貧困が原因である。IEAの会長に日本人が選ばれたが、イランと対立しなくてはならない地位に立候補する馬鹿はいないが、現代の日本人は何の考えも為しに地位に拘る姿勢は世界の笑いものである。この地位獲得に動いた外務省など国賊である。マスコミも国連より日米2国間の関係を重視する姿勢は相変わらずであり、CIAの情報操作が歴然である。米軍が駐留していると国防費が安く付くなどの幻想は20世紀の産物である。日本の安全を真に考えるならば自衛隊を国連軍に衣替えすれば、米軍駐留の日米2国同盟より遥かに安全なのである。21世紀は20世紀以前の思考を完全に消去する事からはじめる必要があり、その答えは多神教が共存してきた日本こそ主導的な役割が出来るのである。経済一辺倒の考え方からブータン国の様に国民幸福度を尺度にした国家造りが必要な時代に来たのである。答えは明治維新ではないことに気づくべきである。
エコに向かない低価格商品販売と低価格居酒屋
エコが社会のテーマになり、当然に企業もそれに右倣えとなりますが、グローバル経済はエコに逆行していると思われる。誰でも考えれば分かる事だが、ユニクロが出現して驚くほど安い衣料品が巷に溢れるようになった。多くの人は安い商品の取り扱いは無造作となり、短期間で破棄されることは間違いない。良く考えて欲しいが、高い物を購入すると大事に保管し、長年使用することになるので結果的にはエコとなる。豊かでない時代は否応なしにエコになったのである。更に、不景気で最近250円均一の居酒屋が出現しているが、人間の心理として安ければツマミも余分に注文することになり、結果的には廃棄物が多量に出る可能性もある。この様な考え方は本質を曲解していると言われるかもしれないが、グローバル経済は間違いなくエコには逆行している。例えば、電力が安くなれば価格に反して使用料は間違いなく増えることになるので、経済の発展には寄与するかもしれないが、エネルギー資源の観点から言えばマイナス効果である。最近まで物価が安くなるのは当然とばかりに多くの人々は考えていたが、グローバル経済が及ぼす地球環境の悪化に気づき、今や太陽光発電など高いエネルギーの導入に向かってきている。しかし、高いエネルギーコストは経済成長率を阻害するのでIT技術によるスマート電力の実現に向けて研究をスタートさせた訳だが、良く考えると資本主義の典型的な原理である「破壊と創造」の循環ーメビウスの輪ーで動いているのが分かる。自然の摂理を壊す人間の行為は最終的に人口増大でなく現象の方向へ大きく舵を取ることになると予想され、共棲を失くす遺伝子組み換え農産物などがその引き金になる可能性は高いと推測される。
「建築確認申請手続き」における期間短縮緩和の問題
国土交通省が構造偽造事件以降厳しくした「建築確認申請手続き」に関して期間短縮の緩和を行うと言う新聞記事が掲載されていた。誰でも分かる事だが、通常の手続きで日数が掛かるのを短縮すると言う事は、現場から言えば人を増やすか、人に変わる審査マシンを導入するかであり、その何れでもなければ審査する内容を省くと言うことである。現行の手続きフィーからすれば日数短縮を行なうには、いわゆる手抜きすると言う事であり、手続き日数を緩和した以降の建物には要注意が必要となる。国交省では、手続き日数の緩和に対して工事中の抜き打ち検査等で問題が起きないように対応するとのことだが、不思議なのは低金利時代に建築確認手続きに掛かる日数の短縮などそれ程意味があるのかと思われて仕方ない。地震国の日本では建物の構造計算が重要であり、幾ら経済がグローバルになっているからと言って緩和できるものと出来ないものがあるのは当たり前である。デフレ経済では価格競争が激化し、その結果不正が起きている。構造偽造事件に関しても準備不足で建築確認申請関係の民間委託制度を立ち上げた結果、不正が起きたのである。この不正後の対応も行政と民間審査会社に最終的な責任があるにも拘らず民間会社に責任を転嫁して一件落着させた。そして規制緩和以前より厳しい審査となり業界の負担を増したのである。今の社会は実務をしらない者が机上の理論ばかりで物事を決めているので矛盾と弊害だらけである。誰も責任を取らなくなった社会に不正が発生するのは当然な事である。尤も、規制緩和によって安心感が消えた社会では新たなビジネスが必要となるので、穿った見方をすればそれが狙いなのかもしれない。前原国土交通省大臣は就任前から建築基準手続きの日数緩和の持論者と言うことであるが、日本航空の時のタクスチームの様なインチキブレーンの意見を聞いて不正後のビジネスで儲けようとしている輩に騙されているのかもしれない。今後の国交省の動きには要注意である。
「他喜力」を実践する真の経営者がいなくなった
1月24日(日)の読売新聞の出版紹介の記事を読んで考えさせられた。新著「最幸の法則(ダイヤモンド社)」の著者はメンタルトレーナーとして有名な西田文朗さんと紹介されていたが、私は著者の事を知らなかった。記事の要約によれば、成功には、ビジネスで他者に勝つ「社会的成功」と、他者を受け入れる「人間的成功」があり、「かっての経営者は、社会的成功とともに、人間的成功を目指す思想家であり、教育者だった」と言う。ところが最近は、「社会的成功だけを求める人が増え、家族を喜ばさせた、社員を喜ばせたいと言った、一番大切にすべきところが崩壊している」と著者は指摘しているとのことであった。更に、究極の成功とは、生きて喜ばれ、死んでも人に惜しまれる。これこそが、人間の成功だと言われてきたが、現代では感謝の心を忘れ、攻めて勝つだけを考える経営者が増えてしまったと著者は語っているとのことであった。日本の商人には、売り手、買い手の他に世間も良くする「三方良し」の理念があったとのことで、「増収増益を目指す社会的成功も大事だが、仕事を通じて世間を良くするという志がないと、子供が立派に育たない」と言う言葉は身に沁みた。確かに、現代の社会で成功者と言われる経営者には上記に該当する人物が殆んどいない。当社の創業者は正に著者が指摘する「他喜力」を実践する真の経営者であった。当社のHPの社是は創業者が作ったものだが、興味の有る方はHPをご覧頂きたい。現社長の私は「社会的成功」には程遠い経営者だが、「人間的成功」だけは実現したいと思っている。
車内で新聞を読むマナー
私が乗車した地下鉄車両の私の周囲で日経新聞を読んでいた乗客が3人居た。2人は男性で私の横で読んでいたのは若い女性であった。以前と違って車内で読んでいる新聞は圧倒的に日本経済新聞となった。現代の日本が如何に社会問題より経済問題の関心に比重が移ったかを証明している。勿論、日経のCMが効果を発揮している面も否定できないが、それ以上に私の若い時代には官庁や企業の御用新聞の位置づけであったのが今や一般紙以上にビジネスマンに読まれている光景は世の中がお金中心になった証であることを実感する。先の3人の内1人が横に座っている乗客の顔近くまで新聞を広げて読んでおり、然も詰めれば一人座れるスペースを占有していたために横の乗客から注意された。この様な光景は珍しいが、横の方は余ほど無神経に新聞を読んでいた男性に腹が立ったのであろうと推測された。注意された後にこの男性はスペースを空けたが新聞は相変わらず広げて読んでいた。少し時間を置いてからその男性は注意された乗客に何か言っていた。多分、「此れで良いでしょう」とか言ったのではないかと思われる。ちなみに、他の2人は新聞を四つ折りにして左右の乗客に迷惑を掛けないように読んでいた。注意された男性は40歳前後で身なりも顔付きも立派であり、勤務先の会社では能力が評価された者である様に窺い知れた。しかし、初歩的なマナーも身に着けてない姿を見ると頭は良いのであろうが育ちは良くないことが直ぐ分かった。この様な場面に出会う度に、私はお金持ちの息子に生まれたわけではないが、成長する過程で社会人として基本的なマナーを教えてくれた家族、教師、学校の先輩に感謝の念を改めて思う。
日航(JAL)の会社更生法申請で真の航空行政を!!
日本航空(JAL)に対する最近の論調を見ると政治と行政に翻弄された犠牲者の様な意見が目立つが、これは会社再生に多額の税金を投入する必要があるために意図的な情報操作を行なっていると思わざるを得ない。勿論、日航は国策企業として政治と深く関わりあってきた事は確かだが、その反面国が潰す事はないと言う慢心でホテルなどの不採算事業を多く行なってきた事や必要以上の高賃金体制で会社経営を行った事も事実である。国民や国にお金が無かった時には皆謙虚であったが、戦後の経済成長で世界第2位の経済大国になってから国家も国民も無駄使いを何とも思わなくなった。その結果が1000兆円に届こうかと言う国の借金である。ただし、この背景には日米貿易の不均衡に対する米国の内需拡大の強要も関係していたことも又事実である。誰しもが忘却の彼方に置いて来た米国の内需拡大要請による公共投資500兆円プロジェクトの実施計画である。記憶では米国の要請で国内の公共投資プロジェクトが洗い出され積み上げ方式でリストに上がったのだが、当初はとても500兆円のリストなど作れなかったのである。このため、米国に提出するために経済性が低い多くのプロジェクトがリストに載る事になったのである。東京湾横断道路プロジェクトなどはその典型的なものであった。マスコミはその様な事実関係を忘れて無駄な公共投資と国民を煽り立ているが、膨大な公共投資を遣らなければいけなかった理由とそれに便乗した政治家の利権を理解した上で報道すべきと思われる。確か、30年以上前の運輸省の航空行政は今日の様な無駄な飛行場建設など目指してはいなかったのである。地方の飛行場と大都市圏の飛行場はコミュータ(小型航空機)システムで確立し、実需の少ない地方飛行場には大型ジェット機用の滑走路や必要以上の乗降施設の建設などは考えていなかったのである。それが何時の間にか軌道修正されて地方の飛行場も殆んどが2500m規模の大型機が離着陸出来る滑走路とそれに見合う施設が作られたのである。勿論、時代の変化で軌道修正された面もあると思うが、何時の間にか地方の飛行場まで海外乗り入れを目指したのは正しい選択だったかどうかと思われる面もある。海外乗り入れには貨物の需要と相俟っての事と推測できるが、それにしても効率の良い投資の考え方があれば現在の様な無駄な投資はなかったと思われる。何れにしても、日本航空の破綻を機会に日本の航空行政が政治家などに翻弄されない真の姿に戻る事を期待したい。尤も、民主党政権が政策の主導権を官僚から取り戻すことを表明しているのでダーティな部分を持つ政治家が主導する航空行政を国民は今こそ選挙権を有効に活かして監視する必要があることは論を待たない。
屋上屋の規制強化が進む不動産業界
国土交通省では時代を逆行する様な必要以上の規制を不動産業界に課してきている。交通事故と同様な強い者が悪いと言う発想で全ての制度を改悪されたのでは不動産業者は堪らない。当社も不動産の管理を行なっているが、最近話題になっている賃料延滞の強引な立退きは賃料保証会社の存在が大きい。賃料保証会社と不動産管理会社を混同する様な屋上屋を重ねる規制は自由な競争を阻害して百害合って一利なしと言える。賃料保証会社は不動産管理会社とは本質的に異なる。もちろん、不動産管理業務と賃料保証業務の両方を行なっている会社があるかもしれないが、その様なケースが全体の1%にも満たない筈である。賃料保証会社が生まれる迄は、賃料の滞納によって賃借人が強引に立退きを求められる事もなかったのである。もし、規制するとすれば保証会社の方であり、これまで問題なかった不動産管理会社に対してまで枠を広げて規制する必要はないのである。なお、賃借人に関しても滞納しても連絡が付かないケースが多く、何も業者の対応ばかりが責められる問題ではないのである。一方的に賃借人だけを保護すれば滞納しても平然と居直る不誠実の輩を増やすだけである。不誠実でない滞納者に対しては強引な立退きなど不動産業界は行なってきていないのである。現場を知らない政治家や行政が必要以上に賃借人を弱者として過剰に保護する姿勢は社会の健全化に逆行する措置である。更に、格差社会を作り出した国家が引き起こした政策のツケを不動産業界に押し付けるなと言いたい。賃料も払えない人達に対しては空いている公団住宅に優先的に入居させるなどの措置が重要な事で、民民の事に必要以上に介入しないのが経済を発展させることである。規制だけでは良い社会が生まれない。そもそも論から言えば、賃料保証会社など今回の金融危機の経済不況に耐えられる事業モデルではないのである。