新型コロナ以前にWeWorkのレンタルオフィスが世界中で拡大していた。日本にも上陸しレンタルオフィスを展開している。今、WeWorkが新型コロナ後に発祥の地の米国で凋落している。日本のソフトバンクも大株主として投資している会社だが、日本においてはレンタルオフィスの歴史は長く、WeWorkのビジネスモデルに関しては日本のモデルにIT化とベンチャー企業用に入居者同士のコミュニケーションの場を設けているのが特徴的であった。それ以外には世界中に展開しているのでグローバル企業にとっては最小コストでオフィスを開設出来ることも利用者にとってはメリットであった。日本のレンタルオフィスとしてはWeWorkを参考にして各地の都市にレンタルオフィスを展開し、一か所で申し込むと他の地域のレンタルオフィスを使えるサービスが出て来ている。三井不動産や日本経済新聞などが展開している。過去の日本のレンタルオフィスはブース貸しが一般的であり、秘書サービスやポストサービスや会議室を提供し、レンタルオフィスに会社の住所を使うのを認めたものであった。山京の様に秘書サービスとポストサービスと会議室だけでブース貸しがないシステムもあった。バブル経済崩壊後には空きオフィス対策としてレンタルオフィスを計画した貸しビル業者もいた。変わり種としては、日本の行政が関わったレンタルオフィスがあり、外国の企業の進出準備を提供する場であった。高層ビルに期限付きで低価格で提供したもので、結構外国企業は利用していた記憶がある。日本ではコロナ以後はレンタルオフィスを勤務のサードパーティとして位置づけようとしている。勤務形態を①本社勤務、②テレワーク、③レンタルオフィスの3方式にすることだ。米国はモノづくりの企業が少ないために新型コロナ後はテレワークが減少せずに一挙にWeWorkのビジネスモデルが危機に陥っている。日本はまだ多くのメーカーが国内の生産を行っているので、米国とは異なり本社に出社してフェイスツーフェイスの必要性が浮上している。有名企業のホンダの"ワイガヤ"が創造的な活動に欠かせないと言う認識があり、テレワークではワイガヤは難しいと言うのは当然と思われる。尤も、車でもソフトがメインになる時代なので、日本も今後は変わる可能性は高い。日本人は意外と理解していないが日本のアイデアが海外に移って様相を新たにして逆輸入してくるケースは多い。携帯のネットなどはドコモのアイデアであり、携帯電話の音楽配信もソニーのウォークマンにルーツがある。誰も言及していないが金融危機で問題となったサブプライムローンの仕組みも日本の5年元本返済据え置きローンを参考にしたものだ。尤も、サブプライムローンが問題になったのは住宅ローン債権として分割して多くの債権と合体させて販売させた手法にあり詐欺師の商法だ。日本のオフィス需要もWeWorkのビジネスモデルが後退すると影響が出ることを指摘したかったのだが、途中で横道に逸れてしまった様だ。
二代目
今、歌謡曲で鳥羽一郎の息子が"二代目"との曲名を歌っている。一般的には徳川家康の徳川家で二代目、三代目について模範的な家継承を伝えられているが、悪い意味では二代目は"二代続いての長者なし"、三代目は"売り家と唐様で書く"との格言は有名だ。二代目も三代目も初代と比較するとは当然の言葉だが、二代目に関しては初代の苦労を見てきているので散財して家を潰す例は少ないと見られている。三代目は初代の孫なので厳しさより甘やかされて育っているのは確かなので、能力が相当に秀でていないと初代が起こした事業を継承するのは難しいのかも知れない。しかし、過去に不動産開発でお会いした京都に本社がある二代目と三代目は一般的な事例と違い、二代目は派手な人であったが、三代目は初代の祖父の血を引いたらしく堅実な方で有った。確か、学歴的にも優秀で京都大学を出ていた。この為、二代目、三代目の評価に関しては必ずしも答えがなく、その人物を見ての判断が重要と思われる。二代目と称してブログを書いたのは、ビックモーターの二代目に関して疑問を持ったからだ。グローバル経済とデジタル経済、デフレ経済に見舞われている日本において過去の二代目、三代目の議論は意味がないのかもしれないが、私が若い頃に都市銀行の子会社が主催する後継者研修に参加していた時に事業継承者の先輩から聞いた話に納得感があったので、その意味でもビックモーターの企業姿勢に関しては不思議な感がした。先の事業継承者の話は、長男が継承者として位置づけられると、父親と事業方針で意見を異にして継承者に残れないと言うものであった。その時に父親が65才以前か以後がで後継者の位置づけが異なり、多くの企業の後継者は次男となっている理由になっている。ビックモーターの二代目は早稲田大学卒とMBAも取得し、損害保険会社に勤務してから父親の会社に入ったとの報道であった。ビックモーターの親子の年齢から見て息子に全権を渡したとは思えないが、二代目に経営を任したとすれば事業の存続に対する危機感があり、若い世代に事業を任した方が良いとの判断があったかもしれない。過去の2代目の二つの経験則に該当しないビックモーターの二代目に関しては違う見方が必要なのかもしれない。26年前にバブル経済が崩壊しても自動車産業に関係する企業は不景気などないと謳歌していたが、2000年以降のテスラの電気自動車の出現とテスラ創業者が唱える自動車保険のデータ採用による保険料金の引き下げは、自動運転の出現と相俟って損害保険会社にも脅威を及ぼしている。損害保険会社の稼ぎの60%が自動車保険でカバーされている現実は将来の事業に危機感を持たせている様だ。ビックモーターの事件も背景は複雑と思われる。翻って、米国のIT企業を見ると二代目、三代目など身内を後継者に選ぶなどは眼中にないし、身内が事業を継承できるなどとは考えていない。確かに、米国のIT企業を創業した人達を見ると頭が極めて良い。頭が良いから技術開発と経営の区別も理解しているので、創業した会社をプロの経営者に任せる考えが強い。私自身も従業員を考えれば後継者を身内に限定した考えはなかった。能力があれば継承すれば良いし、能力がなければ継がない方が幸せだと思ったからだ。そう言えば才能を必要とする職人の世界には身内を積極的に後継者とする習慣がないように思われるが、歌舞伎の世界などは幼い時から芸を身につけさせて後継者に育てている。スポーツの世界は一代で終わるのか、幼い時から学ばせても親を超える才能を持った二世は見かけない。勿論、経営は技術と言うよりは感性に近いのかもしれない。後は運が必要と思われる。今回は二代目の標題だが、取り留めのない話に終始してしまった。
消齢化
デジタル社会になり音楽の世界では現在過去未来の区別がなくなったとの声が聞かれるが、最近は消齢化と言う言葉がメディアで見かける。過去より年齢による区分が無くなってきている様だ。バーチャル世界では年齢を偽ることが出来るのでその事がリアル世界に反映されて来ているのかと考える。確かに、デジタル社会では幾つもの自己を創出が可能であり、バーチャル社会でリアル社会で出来なかったこてを実現させることも可能だ。脳がバーチャル世界とリアル世界とを異なる世界と認識出来にくくなることが指摘されている。音楽の世界に時の境が無くなり、消齢化が起きているのはバーチャルとリアルとの境が未来社会では無くなることを暗示しているのかもしれない。現状でもデジタル技術が人の脳に影響を及ぼしているので、更に科学が進むと如何なる世界が現れるのだろうかと思ってしまう。翻って、最近の歴史小説ひとつとっても過去に考えられない斬新な発想で書かれている。これもデジタル社会で人の脳が影響を受けていることならば確かに人が課題解決に一歩進められるのかと期待できる。ミクロ世界の量子力学が開いた扉は人類が経験したことがない世界に連れて行ってくれると思われるが、それは明るい未来になることを祈りたい。
マンションの相続税課税強化について
国税庁のHPを確認しないでマンションの相続税について前回言及したので、幾つかの点で勘違いしていた事とが分かった。マンションの実勢価格と相続税評価額が乖離しているので是正措置とのことだが、不動産に関して理解していない有識者の集まりで議論されているのも問題と思われる。何でも統計的に改善すれば良いと言ったものではなく、今回のマンション価格の実勢価格と相続税評価額との乖離の是正の議論の中で触れられていたが、タワーマンション以外は需給バランスが一時的に狂いが生じている可能性があり、その需給バランスによって今回の是正の計算式を見直すことにも言及されている。タワーマンションに限って言えば、デベロッパーが必要以上に価値を創造しているだけであり、本来の不動産の評価方式から言えば販売されている価値がない。しかし、将来的な維持管理を考慮すれば、評価額以上の価値を創造しないと改修工事や建て替えを含めて資金の調達ができなくなり、スラム化する予測があるのも事実である。今回の件はマンションに限定しても措置といえるが、高層の区分所有建物はマンションに限定されたものではないので、オフィスなどに関しては実勢価格と相続税評価額について60%ルールが適用されるのかだ。今回の4指数(築年数、総階数、所在階数、敷地持分狭小度)以外にも議論の中では実勢価格と乖離している要件があるとは指摘されているが、その様な視点以外にも維持管理の面でも考慮しなければならないので無難な4指数に落ち着いたと思われる。何れにしても日本の戦後経済がインフレから始まり長い期間継続したので、国税庁の作った計算式はインフレを前提としたものであった。それが経済バブルが崩壊し、一転してデフレ経済になった為にその計算式が合わなくなったことがあった。今回もタワーマンションや一時的な需給バランスが崩れた中で起きた実勢価格との乖離において是正措置を講じると良い結果とならないと思われる。
マンションに対する相続税評価の見直しについて
マンションに関して実勢価格と相続税の評価額が乖離しているので見直すとの記事を読んだ。マンションと一口に言っても建物の状況は様々であり、昨今マンション価格が高騰したので実勢価格の40%の評価を60%に引き上げるとの考え方には違和感がある。現行の基本的な相続税の評価の算定には、「建物」に関しては固定資産税評価額、「土地」に関しては路線価額を採用することになる。後者の土地に関しては接道や形状などのより路線価額を修正することになるが、路線価は毎年見直しが行われているので、実勢価格は何を指すのか分かり難い。投資以上の投機による乖離ならば住まいとして長く所有しているマンションを相続する被相続人にとっては理不尽な見直しである。今回国税庁のやり玉に挙がっているのは高層マンションだと推定するが、高層マンションの実勢価格と相続税評価額の乖離は高層マンションの維持管理の費用を考えると必要悪と認めないとスラム化する可能性もある。尤も、それを考慮したのが40%を60%への引き上げであり、それでも十分に維持管理の費用をねん出できるのとの見方かもしれないが。マンションデベロッパーにとっては高層マンションは大きな利益が得られるのだが、そもそも実勢価格自体が胡散臭いのである。高層化するほど区分所有建物に付帯する土地持ち分が少なくなるので、本来ならば資産的には現行の様な価格ではないのである。実勢価格と称するものが虚構の価格なのである。虚構の価格を造り上げたのは高層マンションに関しては維持経費と将来の建て替えに多額の資金が必要なためとも言える。一方、普通のマンションに関して言えば、現行の値上がりは異常であり、何れ価格は下がると推定されるので、マンションに対する評価の見直しは高層部分に限定した措置と思われる。高層マンションに関して言えば目立たなく節税商品として使えば今回の見直しに繋がらなくなったのにと思わざるを得ない。過去にワンルームマンションの購入に関してサラリーマンが資産を残せる措置税があったのだが、大々的に宣伝してワンルーム販売をする業者が出現した為に付帯する土地に関して節税できなくなり、所得税と相殺して資産を残す方法の価値が大幅に減少してしまった。その様な意味では高層マンションも今後は相続対策商品としては魅力が減少することになりそうだ。
サステナビリティで環境ビルに付加価値
「ESG」、「SDGs」などの企業評価に伴い不動産業界も環境ビルの建築やビルの省エネ改修工事に関心が高まっている。上場企業にとっては投資家が投資先の企業が取り組んでいる。「ESG」、「SDGs」を企業評価の一つにして来ている為に取り組まざるを得ないのと、特にプライム市場などの企業にとっては世界的にサステナビリティが求められる時代になり、入居ビルに関しても配慮せざるを得なくなっている。大手企業が入居対象とする大規模ビルは当然に環境ビル対応を進めているが、問題は中小のビルの行方である。特に、既存ビルの場合には省エネビルに改修する工事に関しても限界があり、投資金額に対する回収に関しても見通しは明るくない。また、中小ビルのテナントにその需要があるのかのそもそも論もある。勿論、中小ビルでも新築ならば環境ビルとは言わないが、それに準じた性能を持ったビルにする必要はあり、大規模ビルも含めて通常性能のビルと比較して工事費が高くなると見られるので問題は賃料の上昇に結び付けられるのかである。環境ビルの絶対数が少なければ需給バランスにより賃料に反映できると思われるが、基本的にはその時の景気の状況に左右されるので判断は難しい。省エネビルに関しては米国から認証制度が入ってきたもので、現在では幾つかの認証システムが存在する。認証基準は建築躯体、設備機能などがあり、一定の基準が満たされれば認証される評価方式である。環境ビルの話題になると思い出すのが40年前のインテリジェントビルに関してだ。当時、都心で再開発事業を進めていたが、投資資金の回収が出来るマンションを対象にしていた。その時に、港区虎ノ門の地主から再開発事業を依頼されたが、立地的にマンションではなくオフィスエリアでしたので分譲による資金回収に問題があった。特に、土地や借地権を売却して再開発事業に協力したいとの地権者が多かったこともあり、フロアの取得分が必要以上に多くなることが予想された。この為、区分所有の事務所の分譲の時代ではなったので、分譲できないフロアに関しては保有して長期的に返済するスキームの事業を考える必要があった。その課題を命じられた設計陣は当時米国で建築が始まったインテリジェントビルがあり、日本で造れば賃料に付加価値を付けられると考えた。結果的には、再開発事業の乗っ取りなどの被害があり事業の完成が遅れたが、バブル時代に完成したことにより嬉しい誤算が生じた。懐かしい思い出だ。環境ビルに関してもテナントが省エネの恩恵を受けると共に社員の健康を考慮した造りならば賃料に付加価値を付けることは可能と思われる。今は再開発事業から手を引いたが、もし継続していたならば環境ビルの建築を行っていたと感慨深いものがある。
日本の未来社会に必要な人口から逆算して少子化対策を考えるべきだ
ロボット、システムにAI導入、自動車の自動運転など近未来に一般的になる様々な人に代わる技術や人の作業を少なくする技術を見ると、今後の社会に必要な労働力の規模に関してどの程度なのかと考える。岸田政権は異次元の少子化対策と言いながら財源に対して積極的な活用に踏み込んでいないのを見ると、政治家も官僚も本音は人口を増やすことに意味がないと思っているのかもしれないと疑ってしまう。確かに、先進国は労働集約産業などは人件費の面で採算が合わないのでグローバルサウスと言われる国々に移転し、先進国の工場は付加価値の高い製品などを造るのに特化しており、高額なロボットの導入でも採算が合うので現実的には人手はいらない。特に、高速通信網があれば、工場の管理は工場内に居ることもないし、工場によっては海外にオペレーションを移しても生産が可能かと思われる。その様に考えると、年金の支払いを別にすれば、人は研究部門や営業部門、企画部門のホワイトカラーが大半でブルーカラーは限定した業務しか要らないとも思われる。この様な論を展開すると若い世代の支払いによって成り立っている年金は崩壊すると指摘されると思うが、ロボットやAIや自動運転技術に税金を課かすことによって年金資金を確保する事は可能と思われる。戦争などに必要な軍人もロボット化で人はオペレーション要員だけで良いことになり、生身の人間が戦う時代はなくなると思われる。戦争は何時の時代も経済力がある方が最終的には勝利するのであるが、未来社会に問題があるのは兵器産業及び重要な電子部品は国内に拠点がないと金だけあっても意味がない。この様に考えると経済安保の観点からは、国内に一定の工場が必要であり、非戦闘の食料自給率も不可欠と言える。国土が狭い日本では平面的也常温での生産には限界があるので立体的な農業用地や常温以外での生産も必要だが、その点から考えるとエネルギーの確保が重要と言える。自然エネルギーだけでは不十分なので核融合エネルギーの開発が待たれる。必要な労働力の問題が経済安保に発展してしまったので論点を戻すと、少子化問題を考えるには未来の社会の状況を推測する必要があり、少子化対策が功を奏しても子供が増えるのには時間を要するので、中間的には海外労働者の導入を増やす以外にないと思われる。この点で問題になるのは為替である。円高でなければ日本で働く意味が少ないと言うことである。適正な円安などと言っている学者や評論家は目の見えない者が象の一部分に触って全体を判断している様と同じだ。海外の多くを海外に移転した日本では円高の方がエネルギーや食糧、更に外国に支払っている技術料などを考えると円高が有利と言える。少子高齢化社会や経済安保には円高が必要なのだ。GDPの30%しかない輸出の為に円安政策を推進しているのは愚の骨頂だ。ロボット社会になればベーシックインカムが浮上するので、年金問題もその視点で考えれば良いことになる。少子化対策など笑止千万だ。
職業政治家が社会経済をダメにした
松下幸之助が政治家を育てるために「松下政経塾」を造った時には若かったこともあり理解できなかったが、最近の政治家の社会経済の経験不足を思うと分かってきた。尤も、松下政経塾が成功したかと言えば政治家を輩出したが中途半端に終わった感がある。松下幸之助が見届けることなく亡くなったことも松下政経塾が未完成であった理由とは思われる。松下政経塾に入った者は政治経済の勉強以外に商売などの心得や実践の指導を受けてて戸惑ったと聞く。しかし、その商売に係る指導に松下政経塾の設立の目的があったと思われる。松下幸之助は当時の政治家が社会経済について無知なのに良い政治が行えるわけがないと喝破したと思われる。その後の推移を見ると、秘書上がりの政治家や二世議員、官僚など社会経済に精通した人材でない議員が多くなり、松下幸之助の懸念が的中した。勿論、経済界も天下国家を考える国士的な財界人はいなくなり、自分の会社しか考えられない企業経営者が多くなったのも一層ひどい政治になった原因ではある。職業政治家は選挙に落ちると金銭的に厳しくなるので、選挙に落ちない事が目的となる。この様な政治家に良い政治が出来る訳がない。職業政治家が良いと言われたのは、企業経営者が議員になると利益誘導や汚職の問題が起きると懸念されたことにあるが、企業経営者は社会経済を知るので現実と遊離した政策は行わないので、今日的な非正規雇用など少子化を招いた政策など実施しなかったと思われる。30年以上も停滞している日本経済は机上の理論の官僚と労働組合を守る政党と自分の会社だけしか考えない経済人が作り出したものと言える。多額な国債発行の為に低金利を維持しなけれならないので正常な資本主義さえ壊してしまった。経済成長の為に馬鹿の一つ覚えのイノベーションを唱える様は新興宗教と見紛える。幾ら企業が頑張っても政治家が無能では社会経済は良くならない。最近の政治家は少子高齢化など忘れて経済防衛を標語にしている。岸田政権は異次元の少子化対策を取り上げているが、官僚などはロボットとAIの時代に昔の様な人口がもたらす経済成長など考えてはいないと思われるので、絵に描いた餅になる可能性が高い。
少子化の原因
少子化の問題を長い間非正規雇用の導入が最大な理由と思ってきたが、今年に入り、二つの出来事でそればかりではないことを思い知らされた。確かに、昨年に知人から相続財産の管理の件で相談があった時にも話題になっていたことを思い出した。経済的に結婚可能な若い世代の結婚しない比率の拡大である。昨年の知人も子供二人が結婚適齢期を過ぎても結婚していないことを嘆いていた。そう言えば、ゴルフ練習場でお会いした縁でお付き合いが始まった大手生命保険会社の役員の方の娘さん二人も結婚していない。奥さんを癌で50代に亡くしたことを娘さんが結婚しない理由としていた。しかし、私の周りにはご夫婦が揃っており、経済的にも不自由がなく、高学歴の子供の未婚者が多いので、必ずしも片親だけの理由とは思われない。私のワイフの二番目の兄は子供が男2人と女1人の三人いるが、今年初めに次男の結婚式があり、3人とも結婚した。義兄に3人とも結婚したことをお祝いした所、奥さんの実家の兄弟が3人いるが、子供たち全員が結婚していないことを聞いた。今年の新年の挨拶に来られた大学時代の友人は3人の子供がいるが、娘さん二人は結婚したが、長男は30才を過ぎて未だ結婚していないとのことだった。彼の長男は学校の教師だが、共稼ぎの夫婦の子供は不良化する為に専業主婦の相手を望んでいるので、結婚できないとのことであった。親としても今の時代に経済的に専業主婦に出来るのかと言った事を問題視しているが、子供に強制はできないので、仕方がないと言った感じだった。尤も、結婚しても離婚したケースも多くあり、3人子供がいる友人たちの娘さんが一人は離婚している。結婚はしても離婚してその後に再婚しないでいる方も多いかもしれない。その様に考えていた時に30年前にゴルフ場で一緒にプレーした老夫婦の言葉にも驚いたことがある。その御夫婦の長男の方は結婚して奥さんを食べらすことが嫌だから結婚しないと言っていることを聞いた時だ。少子化の原因は正に長い間の問題として続いてきたが、本質的な課題の解決をしないできた事のツケが回ってきたのは現在だろう。マスメディアを含め多くの評論家が日本の先行きに対して悲観的な報道ばかりであり、物に溢れた社会でお金がない悲惨さを嫌と言うほど体験して来ている世代にとって結婚は重荷と認識しているのかもしれない。親達や祖父祖母達も子供や孫を可愛がり過ぎているので我儘になっていることも結婚して二人になれば我慢も必要なことが耐えられないのかもしれない。また、皮肉なことだが、高齢化社会になり、コンビニやスーパーには一人用の食材や総菜が並べられているが、独身者にとっては結婚しないでも不自由さがなくなっている。コインランドリーなどは典型かもしれない。私の若い頃は洗濯が大変であるので、それだけで結婚を決めたケースもないとは言えない。食事に関しては昔は定食屋が沢山あったので、独身でも不自由さはなかったが、正月などには営業していないので、田舎に帰らない時には惨めな思いをしたものだ。確かに、東京で親と住んでいる子供たちは田舎から出て来ている人と比べると結婚しない比率は高かった。不便さを感じないことと親兄弟姉妹と一緒ならば他人がいないので気が楽なことだと思われる。便利だと結婚願望が低下することは確かだ。しかし、それだけで結婚しない人が増えたとは思われない、昔は良い意味でのお節介が多かった。それと保険のおばちゃん達の活躍もあった。情報化時代以前の社会は営業マンなどが普通で他の会社のオフィスに入れたので、特に保険のおばちゃんは昼休みに来て独身の若い男性や女性に保険を勧めた。私などは遊んでばかりで預金もしていなかったが、今では有り得ない話だが、私から千円を預かって預金口座を作って来てくれた。若い時から少しでもお金を預金しなくてはダメだと説教されもした。保険のおばちゃん達は戦術ばかりでなく、戦略も優れており、結婚相手を探して来て結婚後も長く保険を加入して貰うべく色々と世話を尽くしてくれた。IT社会になり結婚も近代的なシステムで行えるようになって一時期は登録者が多かったようだが、今が昔の対面式の結婚相談所の人気が高まっているそうだ。Z世代は昭和時代に憧れがあるようなので、IT式の無味乾燥なシステムではなく、人が繋ぐ縁に価値を見ているのかもしれない。何れにしても、岸田政権が考えている様な政策では少子化の減少は止められないと思われる。個人情報などやパワハラ、セクハラの時代には社内恋愛も出来ないと言われ、何か社会が根本的に誤っているのに気が付かないと少子化に歯止めなど掛からないのではないかと考える。
長生きの幻想
医学が発達したので100才まで生きる確率は高まったが、人の生死は不確実性である。最近の世の中は楽しくなくなっている印象を受けるのは何故だろうかと考えていたが、成る程と思わせる記事を読んだ。若い方が色々と悩みを持って海外に出かけていた時に一人の年配の同胞と会った時に交わした言葉だ。若い方は同胞の方に老後が不安ではないですかと聞いた時に"私は未来の為に生きているのではない、今を生きているから不安がない"との言葉だ。若い方もその言葉を聞いて納得したことが書かれていた。多くの老若男女の日本人は長生きの幻想によって毎日不安の日々を送っている様だ。それを助長させる様な2千万円の預金がなくては年金で生活は出来ないと言った情報だ。また、最近の年寄りは老化を受け入れずに若い気持ちが強いことも長生き幻想にとらわれている一因だろう。確かに、お金があれば普通の人には受けられない高額医療で延命は可能なのは事実である。しかし、延命は可能でも死から逃れられる訳ではない。長生きは砂漠の逃げ水の様に追いかけると消えてしまう。過去に野球選手で長生きする為に健康的な生活をしていた人が居たが、40才代で亡くなった。もう一人は芸能人で、自分が癌の家系と心配して頻繁に健康診断を受けていたが、やはり50才代で亡くなった。長生きは意志でコントロール出来るものではないと思われるが、癌など多くの病気は早期発見で治療すれば克服できると言う言葉も間違いではない。病気は不摂生や偏食から起きることは確かなので少なくても長生きしたければ必要な医学知識は必要だが、一番の原因はストレスと思われるので、未来の心配をしないで今を生きる考えが長生きの秘訣かもしれない。