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読売新聞やサンケイ新聞系の新聞が中国大使館の一等書記官のスパイ事件を報道しているが、内容が余りに牽強付会で現実無視なので驚いてしまう。日中国交40周年の祝い事に水を差したい連中のやらせ記事なのが一目瞭然だ。スパイが外国人登録証明を不正に使って商業活動するかと言いたい。スパイの定義も変わったのかもしれないが、スパイとして活動するには目立たないことが重要なのは過去も現在も変わらないと思うのは私一人であろうか。尤も、そのあたりを付かれると想定して中国のスパイは活動費が少ないので商業活動して稼いだ金をスパイ活動に充当していたのだろうとは何時の時代の中国を指しているのだろうかと笑ってしまう。今の中国人は米国の中華街に行けば資金力に圧倒される。中華街は拡大し、ベンツなどの高級外車を乗り回している中国人が本土より流入している現実だ。読売などの記者は井の中の蛙らしい。報道記事など常識的な目線で読むと嘘記事かどうか良く分かる。しかし、それに付けても中国大使館の一等書記官のスパイ事件報道は新聞自体の劣化と思わざるを得ない。昔は嘘記事でも今回の報道よりはましだった。そう言えば、反中の先頭にいる石原都知事は東京都の五輪招聘に日本国民が消極的なのに対し、自分の事ばかりしか考えない連中が多くなったと発言しているが、先の五輪招聘工作での多額な不明金や自分の息子の画家紛いを税金を支払ってまで委託しているのを見ると、何を偉そうにと言いたくなる。雉も鳴かずば撃たれまいと言う諺がある。石原都知事も肝に銘じた方が良い。尤も、本人は今の日本を進駐軍時代の日本と耄碌して理解しているので、米国だけに阿れば良いと考えているかもしれないが。不動産業界にも偉そうに言う輩は信用するなと言う経験知がある。長い人生でこの言葉だけは今でも真実だ。

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財政赤字は予算の正しい使い方で陥ったのならば増税で解消することは当然である。問題は官僚の天下り先のためや政治家の選挙のために費やされた無用な予算の為に赤字になったのなら増税で解消など言語道断であり、その根を絶たないと再度赤字財政になるので増税など認めるべきではない。官僚も政治家も国民が過剰な要求をしたので財政赤字に陥ったなどと昨今は考えているらしいが、国民の大多数はサラ金財政なども求めてはいなかったし、何の対策も打てないで1000兆円近くの借金を国がするとは思いもしなかった筈だ。国会議員どもは自分の選挙の為に甘い言葉で国民に道路や橋などの建設を安請け合いして来たにも拘わらず、自分の責任を否定をするかの様な国民は国家に甘えてばかりで厳しさが足りないなどと放言している。此処での議論は過去に遡ることではないのでこの批判はいったん矛に納めて次の議論を展開したい。国も地方も箱物や過剰なインフラの投資で軒並みに財政難に陥っている。この現象は何も日本ばかりでなく世界的な問題だ。金融資本主義的な考え方はこの様な財政難から生まれてきたといっても過言ではない。国家や地方自治体が財政難に到った理由は色々とあると思われるが、今の問題は国家や地方自治体の財政難の解消の仕方である。行政も民間企業と同様にバランスシートを作るべきだとか企業の経営的な手法で支出を大幅に削減する方法とかが指摘されている。又、平行して運用益で支出過剰な分を補填する金融商品に投資する方法も提案されている。確かに、財政難を解消するには支出を大幅に減らして増税しか方法がないのは確かだが、最近の政治の動向を見ると財政難解消が目的化し、政治が行われていない危惧を感じる。無駄な支出を削減するのは当然なのだが、良く分析すると縦割り行政の中でバランス良く支出を削減しているので、本当に必要な所にお金が回っていない面も出てきている。又、制度を変えたことにより、弱い人達に皺寄せが出てきている面も多く見られる。

政治とは何かと問われれば、弱者の救済なのである。資本主義の中の競争社会にあって誰もが勝者になれる訳ではないし、社会は無用の用の様な存在があって初めて成り立っているので、そこに政治が必要なのである。企業経営者は弱者など省みることはないのである。無用な支出を切り捨て不要な社員を辞めさせて黒字経営になれば名経営者と呼ばれるのである。然し、政治家は企業経営者とはことなり、不法な競争を監視し、企業が切り捨てた弱者の再生や老後の仕組みを作ることなのである。尤も、企業経営者の中にも優れた人がおり、企業人でありながら政治家としての素質を兼ね備えて経営にあたった者もいる。戦前では、カネボウの中興の祖といわれている武藤山治、渋沢財閥を作った渋沢栄一、戦中戦後に出光興産創業者の出光佐三などである。ちなみに、松下政経塾を作った松下幸之助は先の人物と比較したら企業人としては上かも知れないが、政治は飽くまで企業の為と考えた人物なので、私の中では高い評価をしていない。翻って、最近話題の橋下大阪市長はどうかと言うと、彼も本質的には政治家とは言えない。その理由としては、彼の政策は金融資本主義的な考え方が根底にある様に見れるからであり、政治の本質を理解しているかどうか疑問だからである。勿論、私は大阪フィルハーモニー交響楽団の解散に反対している橋下市長は文化を蔑ろにしていると批判している人達とは考えを事にする。全国で最大の生活保護者を抱えている大阪市に対して文化云々の批判は当らないと思うからである。文化を守るには行政のアシストは必要だが、基本的には豊かな社会になって尖閣諸島の購入に短期間で5億円以上も寄付金が集まる日本なので、どうしても必要なら多くの人の寄付により財団を設立して守れば良いのである。全部税金で守る必要はない。大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽家たちも大阪市の職員に甘んじた為に採算を度外した演奏活動しか行わなかったと推定されるので、楽団員にとっては不幸なことと思われる。私は自助努力を怠るものを救済しろとは言わない。問題は財政赤字解消が目的化した政治が横行するのを懸念するからである。政治の世界は数の必要性を痛感するが故に小沢一郎の様な選挙に勝つだけを目的化した政治家を生み出したのである。同様に、財政赤字解消だけを目的化した政治家の出現は貧富の差を生み、犯罪を増やすだけだからである。日本人は世界にも類を見ない80%の国民が中流意識の社会を実現した国である。インフレ経済でない低成長経済において同様な社会を実現する政治を考える必要があると思料する。

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石原都知事が尖閣諸島の購入を米国で宣言して以降、東京都には購入資金に対する寄付金が寄せられ、現時点で4億円に上るという。マスコミなどは領有権に対する日本政府の弱腰に対する国民の憤りが寄付金の形で現れたと言う報道をしている。しかし、私はこの俄か愛国心に対して全てがマスコミの報道する様な善意の寄付とは到底思われないのである。尖閣諸島は中国がどの様に主張しようが日本の領土であることは疑いもない。中国としても尖閣諸島の領有権を主張しているが、韓国の竹島占有の様な強引な手法を取ることは国際法上難しいのは確かである。今回の展開を冷静に分析しないと戦前に間違った方向に導かれた事の二の舞となる。先ず石原都知事が尖閣諸島の購入をこの時期に宣言した理由である。然も、米国において何故宣言したかであることを考える必要がある。石原と言えば、三男か四男か知らないが、選挙に落ちて浪人している息子がいる。先の都知事選の出馬や今回の新党に対する動きも全ては可愛い馬鹿息子の為といっても間違いはないだろう。その様な時期に尖閣諸島購入問題に言及したと言うことは、裏で何かの取引があったと考える必要がある。尖閣諸島問題はに日中間の大きな政治問題になっている。この問題に火をつけるのは日本と中国との政治的な関係以上に企業における経済的な関係に影響を及ぼすことは目に見えている。敢えてその様な問題提議を地方政治家である石原が行うことは国家に対する越権行為である。先ず、この様な問題を分析する時に必要なのはマスコミの動きである。日本のマスコミは間違いなく米国の情報戦略に組み込まれているので、石原都知事の尖閣諸島購入に対してどの様な報道姿勢かで判断できる部分もある。面白いのは尖閣諸島購入宣言に端を発した寄付金である。いち早く取り上げて報道するところを見ると、石原都知事の発言には外国勢力が絡んでいると分かる。東京都に要請したいのは、奇特な寄付者の氏名公表を是非行って欲しいことである。国際謀略に石原都知事が加担していなければ公表できるし、逆に寄付金が疑わしくないと分かれば、今の時代に身銭を切ってまで愛国心を持っている人達に敬意を表したい。日中間で紛争が起きれば得をするのは日本人ではない。外国勢力である。中国の経済に奥深く進出し他国の追従を許さないほど先行利権を有している日本を外国勢力が黙ってみている訳がない。民主党の前原誠司が起こした尖閣諸島における中国漁船の拿捕も京大の米国シンパの流れを汲む事件である。日本人は明治維新の時には優れた人達が国際謀略を乗り越えて国を守ってきたが、大正、昭和と変わり、島国の悪い面が出て国際謀略に弱くなった。況して戦後の平成の時代では、外国勢力に利用される国賊紛いの政治家や官僚、そして学者で溢れている。勿論、日本国民を無防備にしてコントロールしているのは米国だが、それに一役買っているのは電通など広告会社とマスメディアだ。最近の動きとして日本における中国シンパに対する攻撃が激しくなってきていることから、欧米諸国は中国に対して人権問題で揺さぶる計画であり、それに日本を尖兵として遣う考えと推測できる。尤も、フランスではサルコジに変わり社会党の大統領が出現したので中国に対する欧米の中国に対する足並みが揃うかどうか不明だ。何れにしても、東京都は尖閣諸島購入に対する寄付金の氏名を公表し、外国勢力の謀略に乗じていない事を証明すべきだ。

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私は戦前生まれでないので残念ながら戦前戦中の事は経験していないので経験談として話す事は出来ない。勿論、戦後の事も少なくても1965年以降でないと記憶に残っていないので語れない。人の記憶も年月が経過すると塗り替えられて"虚偽の記憶"が形成されるとの事なので、その事を理解して過去については語るべきと思われる。なお、経験しない時代の記憶でも親などからの情報で記憶されることになるので、先の虚偽の記憶を踏まえても書籍の情報よりは確かな過去の記憶をを入手していると言える。私が過去を語るときは少なくても書籍を通して得た知識ではなく、私自身の経験や身近な人達から聞いた事実を通してである。尤も、身近な人達からの過去の経験だけでは世界観が狭くなるので、ドキュメンタリーの本や過去を記した資料なども渉猟して過去を広げてはいる。しかし、責任をもって言えるのは少なくても私自身の記憶と経験した本人から聞いた記憶と言える。何故、過去を語る事に拘るのかと言えば、最近は余りにも過去の出来事が歪められて伝えられてきている怖さを感じるからである。終戦後に20歳であった人達も今や87歳である。一方で平成生まれの人達は23歳になるのである。過去を語る事は後世の世代が同じ過ちを繰り返さないことに繋がるので大事な事と考える。特に、最近は明治維新に習って改革を推し進めようとする人達が多いが、その人達の歴史認識や当時功績のあった歴史的な人物に対して学んだ形跡が少ないと感じるのは私一人であろうか。維新や改革の言葉は今や安売りの商品の如くチープなものに成り果てている。情報が氾濫する時代にあって偽の情報に惑わされずに知見を育てるのは難しい時代になった。しかも、議論のすり替えの類の情報で溢れている。この様な時代には、それぞれが過去を語る事が重要であり、真実を見極めるのに役に立つからである。地位の高い人や有名人が語ると真実と錯覚する間違いを指摘するにも役立つからである。

 

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建築確認申請・承認の民間委託で起きた構造偽造事件を始め、小泉改革が社会に害をなした事例は枚挙に暇がない。今回の関越自動車道のバスの事故も規制緩和の弊害が出たと思わざるを得ない。法律の改正で免許制度から登録制度に変更したことで免許制度の利権構造にメスを入れたことは理解できる。問題は規制緩和後の安全などに対する配慮が著しく小泉改革には欠けていると言う事実だ。今回の事故に繋がる運転手一人の問題も法律的には違反でないと言う。どの様な法律かと言うと、道路法による走行距離で決めているとのことの様だ。この走行距離以外に運転手の健康問題や渋滞問題を絡めていれば今回の様な事故は防げたと思えてならない。先の建築確認申請の問題も然りである。準備(=能力)も整わないのに時間軸で規制緩和を行ったために、構造偽造を起こしやすい状況を作り出してしまった。法曹界でも裁判の判決を時間軸で評価する様になったために正義ではなく、裁判官の出世競争に巻き込まれて不正義が罷り通っている。検察然りだ。マスメディアはデフレ社会に陥り、グローバル経済についてゆけない日本に対し、明治維新の改革を期待するかの様に世論を誘導しているが、江戸時代に教育を受けた日本人と現代社会の日本人との人間の質の違いを考えているのかと言いたい。今回のバスの事故を起こした会社の名前は、「陸援隊」と言うのを見ると、明治維新に憧れた社長だと直ぐに分かる。この社長が2002年にバス会社を設立したのを見ると正に小泉改革が産んだ申し子だろう。

小泉改革で良く言われる民営化とは、言葉を変えれば資本主義化と言うことだ。今の若い世代は社会主義と共産主義を混同して一方的に社会主義が悪いと批判している。明治維新で資本主義の欠点を見抜いていた経済人に渋沢栄一がいる。彼は資本主義に論語の考え方を入れることを唱えたのである。現代社会に明治維新と同じ改革が出来るわけがない。その大きな理由は人間の質の問題である。現代社会の日本人は倫理観も喪失し、「他人くたばれ、我繁盛」の連中が金儲けに走っている。尤も、日本人だけでなく世界中の人々が熱に浮かされた様に倫理観なき競争に陥っている。

私自身は規制緩和や競争を否定している訳ではない。問題は規制緩和を主導している人達の人間の質や能力を問題視しているのである。勿論、マスメディアに踊らされて効率主義や安い商品を血眼になって追い求める大衆にも責任はある。この様に書いているのも馬鹿らしいほど、人と言うは忘却することで生きている人種と言わざるを得ない。バスの事故の被害者には悪いが、安いものにはリスクがあると言う現実を突きつけてくれた事例としては少しの期間は人の記憶に残るのであろう。正に、現代の政治は大衆の忘却や表面の姿を変えただけで誤魔かせる中で行われている。維新を唱える前に倫理観について議論しろと言いたい。

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メタボ対策で毎日ひと駅前で降りて帰宅するのだが、週末にはその駅ビルの本屋に立ち寄って面白い本があれば購入するのが習慣となった。先週末は購入してまでも読みたい本もなかったので店を出ようとした時に山岳コーナーが視界に入った。時間もあるので偶には山岳の本でも見るかと足を向け、「単独行者」の本のタイトルに惹かれて手に取った。本の主人公は、昭和初期に活躍した伝説の登山家「加藤文太郎」の生涯が書かれたもので、副題に「新・加藤文太郎伝」と記されていた。タイトルの単独行に惹かれたのは、私自身が学生時代に単独登山を多く経験していたからであった。私の山登りは18才になってからであった。東京の高田馬場の下宿先で出会った同郷の小野君に誘われて丹沢山系に足を踏み入れたのが登山に目覚める切欠だった。その後、彼とは秩父山系や南八ヶ岳などを一緒に登ったが、後は大学の同学科の南雲君を誘った以外は常に単独行であった。単独行は若さゆえの無茶であったかもしれないが、大学の山岳部やワンダーフォーゲル部に所属して集団で登山する事を好まなかったので、単独行は自然な成り行きであった。しかし、今考えると指導者もいない登山で何度も未熟さゆえの危険な目にあったことは確かであり、私クラスの登山で大袈裟かも知れないが、現在生きているのも不思議なくらいの体験も有している。今振り返ると、会社経営にも山登りの体験が生きていることは確かで、人生に「if」はないが、それでも私が山登りをしていなければ、現在と違った経営者になっていたことは間違いないと断定できる。その様に思えるほど自然に立ち向かった時の人間の弱さを思い知ったからである。今でも大学の同学科の南雲君と会えば、当時の登山の話が出て貴様の為に死ぬ所だったと酒の肴として皮肉を言われる。彼との登山は二回だけであったが、その二回とも私の無謀な計画で彼を窮地に追いやったことは否定できない。確かに、春山の北八ヶ岳と南八ヶ岳の縦走ではその年には例年になく残雪が多く、硫黄岳から横岳に入り赤岳に到る過程では困難を窮めた。然も、ピッケルもアイゼンも持たずに入山した報いが堪えた。死ぬ思いで赤岳山荘に着いた時に、山荘の主人に我々の軽装を見て驚かれ、山荘の土間に土下座をさせられて説教させられた苦い思い出である。遭難者を探すのには二重遭難のリスクもあり、我々の様な無謀な登山家に対して山荘の主人は腹が立ったのであろう。昭和初期の伝説の登山家の新伝記を読んで、登山の危険さが一方では登山の魅力であることに改めて気が付かされた。人と言うのは危険の中に身を晒すことで存在を確認するのかもしれない。勿論、登山の途中の絶景や登頂時の達成感は何事にも替えられないものであり、北アルプスの槍ヶ岳山頂に早朝一番乗りをして日の出を迎えた壮大なパノラマなどは言葉にならない程の感激である。又、雪渓の下を流れる水と雪渓の氷で飲むウイスキーは一番美味い酒であった。社会人になってからは組合活動で執行入りして文化部長時代に組合員を連れて登山したこともあったが、それも30才を過ぎて辞めてしまった。登山は不思議なもので辞めると急に熱が冷めるものである。しかし、バブル経済が崩壊後に一度山登りを再開したことがあった。多摩山系から始め、丹沢山系、秩父山系と足を伸ばしたのだが、日本アルプス山系には体力的に戻れずにその内に仕事も忙しくなり山登りを辞めてしまった。見果てぬ夢かもしれないが、もう一度北アルプスなどに登り美味い酒を飲んで見たい誘惑に駆られる。

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消費税の増税前には更なる行政改革も必要だが、消費税自体の中身の再検討も重要なのである。しかし、今回の増税には福祉と税の一体改革と称して議論されている為に5%以上にアップする際に検討しなければならない消費税の中身については全く言及されていない。海外の消費税は衣食住に掛けていないので20%以上になっても大きな反対運動は起きていない。マスコミは意図的であろうが、海外の消費税率は日本と比較して高いとだけ報道し、日本も国が多額の借金を抱え、然も高齢少子化社会に入ったので増税は必要の一点張りだ。特に、御用新聞の日経新聞の記事は読むに耐えない。業界紙だからと見過ごすには日経新聞は一般紙並みの信用性を持ってきたので看過するわけには行かなくなっている。日本人は忘れやすい国民と言われるが、特にTV文化が浸透してからは顕著と思える。自民党の竹下内閣の時に消費税が導入されたのであるが、この時の計画では3%などと低い数値ではなかった。しかし、国民の猛反発を受けて当時の大蔵官僚は将来に託して3%で妥協したのである。この妥協の産物が5%に引き上げられる時も今回の増税の時にも何等省みられることはない。妥協の産物とは、予定税収を確保する為に衣食住に掛けたことと二重課税の問題、更には売上げ税的な性格に変えてしまったことである。ガソリン税に課税するなど論外なのだが、自動者を乗らない人には関係がないので今でも改定されていない。都会の住民が田舎の住民より多くの税金を支払っていると不満を口にするが、都会の住民は田舎では車なしでは生活できない為にガソリン税に課税されている消費税の二重課税の負担を強いられている現実を知るべきと思われる。日本の消費税は売上税なので赤字会社でも当然に消費税は発生する。消費税の還付は物品を購入すると受けられるので、キャッシュフローが多い会社は有利な税金だ。中小企業などは常に資金不足に悩まされているので投資を増やすことは厳しいが、そうすると消費税の支払いが増えてくることになる。一方、個人も衣食住に課税されるので、増税は生活に直接影響が出てくる。特に、先進国では景気対策に住宅政策を織り込まなければならないのに、住宅取得に対する課税が増えれば景気回復にも悪影響を及ぼすのである。本来、3%の消費税だから許された衣食住に対する課税や二重課税問題も10%に引き上げられるとなれば話は違ってくるのである。民主党の藤井裕久議員は消費税アップで住宅取得に負担がますならば分割納税も考慮すべきと発言しているが、本末転倒の議論だ。幾ら間接税と言っても衣食住に対する課税は成長なしの経済で給与が上がらない状況では生活が苦しくなるだけである。本来、消費税とは贅沢税的なものとなるはずである。それがいつの間にか弱者を苦しめる税金に替えられ、金持ちの個人や企業が得をする税金に変わってしまったのである。財務官僚は知恵が回るので、消費税の本質的な問題で議論されるのを避ける為に、福祉と税の一体改革などと国民の目を誤魔化す方法を取ったと思われる。尤も、馬鹿な国会議員も同様に消費税の欠点を問題にするどころか現状ままで10%、更にはそれ以上にアップする考えでおり、消費税の真実が見えなくなっている。この為、消費税増税の反対ではなく、消費税の中身の議論に持ち込んで、増税の影響が弱者に及ばないようにする議論が必要な事を訴えかけるべきと思料する。

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“サンモール&BROADWAY"とは東京都中野区のJR中央線中野駅北口を出て目にするアーケード商店街の名称である。私は学生時代の一時期にアーケード商店街を横目で見て通学する場所に住居を構えていた。先日、設計士と打ち合わせていた時にこの商店街の事を設計士は「中野BROADWAY」と言ったので"?"と思った。私の学生時代には確かに「中野ブロードウェイ」と言ったのだが、卒業数年後に「中野サンモール」に名称が変わった記憶があったからである。この事が気になったので、先週土曜日に春真っ盛りの桜の花見とメタボ気味の体をスリムにするための一石二鳥を兼ねて自宅から中野まで散歩することにした。散歩ルートは自宅から高千穂大学と善福寺公園を通り抜けて善福寺川の桜並木までを一応考えたが、後は自由に動くことにした。この為、善福寺川の桜並木が一望できる五日市街道の橋から観桜した後は、取り合えず五日市街道を高円寺方面に向かった。同街道沿いには未だ昔懐かしい古い店が所々に残されてはいるが、全体的には新しい建物になり、個性がない街道沿いになってしまった。只管歩いていると青梅街道に交差したので、今度は青梅街道を新宿方面に向かった。環七を超えて少し歩くと、東高円寺商店街の町並みが見えたので散歩の時間は決めていなかったので寄り道を決めた。都内には未だこの様な商店街が結構残されてるが、東高円寺商店街も生き残っているひとつと思われた。面白いことに斜めの商店街を進んだ先の住宅街を行くと、このルートが意外と中野の近道であることが分かった。適切でないかもしれないが、頭に「急がば回れ」と言う言葉が浮かんだ。そう言えば、中野はクレジットを考案した丸井の本社がある町でもある。中野駅に近づくにつれて建築中の2棟の高層タワーマンションが見えてきた。反対運動も起きている様だが、工事はお構いなしに進んでいる。圧倒的な低層階の建物の場所に突如出現した様な29階建の2棟のマンションは確かに違和感のある光景となっている。不動産業界にとっては高層マンションは利益のでる美味しいプロジェクトだが、街つくりを考慮していない高層マンションの立地は論外と思われた。なお、今回の散歩は途中で花見をしたこともあり中野駅の到着には2時間位要した。中野駅北口に回り商店街の看板を見ると「サンモール」であった。変わっていないと思い乍ら、サンモールに入り散歩で喉が渇いたことと小腹も空いたので、先ずは喫茶店を探した。昔と違って何処でも喫茶店は少なくなっているが、サンモールにも同様であることが分かったが、1階には正に1件だけ昔の喫茶店が残っており、然も店内は新しい空間も演出されていた他、従業員のマナーも良く、更にコーヒーや軽食の類も美味しかった。腹を満たしサンモールを通過して反対側の看板を見ると「BROADWAY」となっていた。通りの何処で切り替わったのかと再度アーケード街を戻ったら、建築当事は高層マンションで有名になった側の入り口に「BROADWAY」の看板があった。学生時代にはカタカナの「ブロードウエイ」であったが、サンモールと棲み分けしてからはローマ字の「BROAWAY」になって復活したことを理解した。間際らしいと言えば間際らしいが、商店街の意見を纏めるのには両方の名前を付けることで解決したものと推測できた。サンモール商店街は2階位までだが、マンション階の部分は4階部分まで店舗があって昔は繁盛していた。卒業後大分経ってから一度懐かしくて来た時には3階以上は店舗の営業が少なかった記憶があった。今回も久しぶりに2階、3階、4階に上がったのだが、驚いたことに完全に店舗街として復活していた。復活の理由は外国製の時計売り屋とフィギアやマニアックな店舗がずらりと並んでいた。合間に占いの店もあった。中国人のお客もいた。そう言えば、中野サンプラザに事務所がある若い行政書士の方がfacebookに仕事を頑張った時には高級時計を買う事を載せていたが、成る程、BUROADWAYの商店街の時計売り場に触発されたことが分かった。何店舗もある高級時計店のお客は皆若い方であった。彼らが何十万もする高級時計を購入しているのには改めて時代の差を感じた。同時に中野BROADWAYの復活にも驚いたと同時に地方も商店街も含めて再生には何が必要かも考えさせられることであった。勿論、若い人にとっては中野BROADWAYは復活したのではなく、存在しか知らないのも事実なことも認識した。

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東京タワーは、日本の経済成長の象徴的な存在として長い間親しまれてきた。小学生の修学旅行に上野動物園と浅草の浅草寺、そして東京タワーを見学した。初めて東京タワーに上った時には高いのに驚いた。当時の建物の大半は建築基準法の制約もあり、9階建てが最高の高さであったと記憶している。このため、高台に建設された東京タワーは一際高さの存在感を増していたのである。次に、東京タワーを訪れたのは中学3年の時であるが、東京の越中島にあった東京商船大学(現海洋大学)で行われた国立鳥羽商船高等学校(現国立鳥羽商船高等専門学校)の受験で上京した際に上った思い出がある。三度目は18才になり、東京の大学に入学する前の予備校時代に東京タワーを見学した記憶がある。この時代には既に千代田区の霞ヶ関に三井不動産が建築した日本の超高層建物の曙になった霞ヶ関ビルがあり、又上京した年に浜松町の世界貿易センタービルが竣工し、その翌年には新宿での超高層ビル第一号の京王プラザホテルが開業したが、東京タワーの美しさは貴婦人の如く衰えなかった。その後、大分時間が経過し、今から25年前に会社の本社
から東京タワーが見える港区虎ノ門1丁目で仕事をすることになった。特に、
社長室のデスクから見える東京タワーは格別であった。それが規制
緩和の悪影響で隣接の土地に従来にない高い
建物の建築が可能となり、会社からの東京タワーを眺望できる風景が失われてしまった。今では会社近くの路上でビルの谷間に上部だけ見えるのが精一杯となってしまった。直下型震度7以上の地震に怯える人々を見ると、何で地震の巣の上の東京で超高層ビルやマンションを造り続けたのか気が知れない。超高層ビルの林立でデジタル放送において東京タワーの高さでは難しくなり、スカイツリーの建設が行われて今年完成した。偏見かもしれないが、スカイツリーは東京タワーの様な美しさがなく、私から見ればお墓に聳え立つ塔としか見えない。職人技で建築した東京タワーに人間味が感じられ、コンピューターを駆使した多くの新技術で建築したスカイツリーに空虚さを感じるのは年を取った為なのであろうか。多分、私はスカイツリーに上ることはないと断言できる。単なる大人になる時代に東京タワーに出会ったノスタルジアで両タワーを比較しているのではない。東京タワーに温かみがあり、スカイツリーに寒々しさを感じるのは正に現代の世相を反映していると思われるからである。
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