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4月9日pm6:00開始の学堂会の勉強会に参加しました。今回は第4回とのことで、第1回目は2013年1月31日で講師はオランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏で演題は「日本にとり主権とは何か」、第2回目は2013年2月22日で講師は元ロシア大使の丹波實氏で演題は「戦略なき日本ーその将来を憂慮する」、第3回目は3月13日で講師は国連訓練調査研究所(ユニタール)顧問のナスリーン・アジム女史で演題は「ベアテ・シロタ・ゴードンー女性と憲法」でした。第4回目の今回は、講師が元スイス大使の村田光平氏で演題は「父性文明から母性文明へー地球倫理の確立を求めて」でした。この勉強会を主催しているのは、株式会社ディプロマット内の学堂会ですが、主催者は同社の社長である原不二子女史です。

先ず「学堂会について」は添付ファイルをご覧ください。
学堂会について.pdf


政治家 尾崎行雄の生き方に倣って尾崎家の子孫の原不二子女史が立ち上げた勉強会が、尾崎行雄の最初の雅号「学堂」を取って「学堂会」としたそうです。ちなみに、その後雅号は「愕堂」、「咢堂」と変わったそうですので、この勉強会も年月を経過して変える意図があるのかもしれません。尾崎行雄は一生勉強する心がけを大事にし、90歳になっても「人生の本舞台は常に将来にあり」とし、市民の立場として官閥、軍閥に対し信念と情熱を持って戦い抜いた方です。


子孫の原不二子女史は憲法に書かれている主権在民に鑑み、政治家や官僚を非難するだけでなく、主権を持つ庶民がしっかり勉強して自分たちの生活やこどもの未来、国の将来を左右する事柄に関わってゆくことを決めて勉強会を開くことにしたそうです。


私の長年の友人が原家の方とお知り合いの為に原不二子女史の謦咳に触れる機会を得ているが、今回の勉強会に参加して改めて尾崎行雄という人物が残した遺伝子に思いを寄せています。歴史を振り返ると、小さな偶然が大戦を引き起こし、独裁者を出現させたことに驚愕するが、それを阻止するのは主権在民である庶民の我々が常に勉強して歴史が誤った方向に進むのを止めることが重要と思われます。正に、原不二子女史が勉強会を思い立った理由が理解できるのです。


今回初めて参加する機会を得て会場に行ったのだが、学堂会は知的レベルの高い人の集まりらしく、私が受付で名刺を出して受付名簿に記名しようとしたら、私の顔を見て親切に訪問先の会場が間違っているのではと確認された。一緒に参加した友人が原家の知り合いという事を説明したので受付の方も安心した顔をしたのが印象的だった。確かに、会場に入ると私は自分自身が場違いの様な気分がしたことは確かであった。しかし、講演の内容はマスコミが報道しない裏話もあり、非常に有意義なものでした。


私は王陽明の「知行合一」の信奉者なので、顔にも剣呑さが出ているのかもしれない。今後とも時間が合えば「学堂会」に参加して勉強したいと思ったが、尾崎行雄は政治家であったので、私としては勉強会を発展させて政治家養成塾として生まれ変わり、尾崎行雄の意思を継ぐ有意の政治家を出現させて欲しいと思う。過去に松下政経塾があり、多くの政治家を要請したが、松下幸之助がビジネスマン(商売人)であったので、松下政経塾出身の政治家の多くは間違った方向に日本を導いています。今は弁護士タレント上がりの橋下徹が日本維新の会の勉強会をとおして政党を作り、政治家を輩出しているが、中身は米国金融主義の追従であり、カジノ法案提出など庶民とかけ離れた政治家集団となっています。この様な現状を見ると、今こそ尾崎行雄の思いを継いだ勉強会の重要さが際立ち、何とか日本や世界の為に立つ政治家を育てて欲しいしと願うばかりだ。この様に書くとお前が政治家になれと言われるが、私の年齢では政治家になるのは遅いことは知りすぎています。石原慎太郎の様な老害を目にしては尚更だ。


原不二子女史のご子息も勉強会を手伝っており、正に尾崎行雄の遺伝子が動き出したので、学堂会には大いに期待を寄せたい。


なお、学堂会についての添付ファイルを読んでいただくと第5回、第6回の勉強会の予定が記載されているので、興味がある方はぜひ参加してください。ちなみに、参加費は2千円で、講演終了後には軽食と飲み物が出ます。

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安倍ノミクス効果で円安が進み、株高は止まらない。本来なら諸手を挙げて喜ぶことなのだろうが、浮かれる気分にならないのは何故だろうと自問自答してみた。証券会社からノンバンクで定年まで働いて長年個人的に株の売買を行ってる友人も今回の得体のしれない株高には一抹の不安を持っている。現行の株高は実体が伴わない金融相場であるので、安倍政権が実体が伴う政策を打ち出さないとあっと言う間に株高も失速すると言う懸念は誰もが持っているのは確かだ。しかし、先行きに対する漠然とした不安はありきたりの説明では答えにならないもの真実だ。安倍政権はデフレ脱却を目指して企業に賃金アップの要請をしているが、それに答えられる企業は少ないと思われるし、兎にも角にも国民の気分をデフレからインフレに持ってゆくことで一生懸命なのが手に取るように分かる。グローバル経済の中で企業が収益を向上したからと言って過去の様に国内に工場などを造ることなどは望むべくもない状況なのは安倍政権も理解していることなので、国民は次の一手をじっと見守っている筈だ。3年間の民主党政権が余りにも酷かったので、安倍政権の普通に行っている政権運営が眩しく見えるほど頑張っていると国民の目には写る。

しかし、少子高齢化社会、地方疲弊、財政難に関しては何ら有効な手は未だ打たれていない。金融相場だけで目前に迫る消費税増税を乗り切れるほど甘くはないのが現状だ。不動産業界も地価は上がってきたと言っているが、今後も上昇するのに必要な賃料などの収益の上昇の目途は立っていない。幾らデフレからインフレに転換しても需給バランスが改善されなければ一時的な現象で終わってしまう可能性が高い。過去を振り返っても意味がないと言われるかもしれないが、日本経済が戦後の幾度かの試練を乗り越えられてきたのは国内の消費力が強かったからと考えられる。社会主義国家と言われた程貧富の差が縮まり、国民の80%が中流意識を持った社会が旺盛な消費を支えたのであった。勿論、これ以外にも色々な原因があってのことではあるが、金融資本主義が主流になり、収益の向上よりコスト削減が経営者の優先意識になっている現在では、口で言うほど消費を回復させるのは難しい。

時間を過去に戻すことは出来ないので、新たな仕組みを構築する必要があることは間違いはないが、明確なのは米国の仕組みでは日本の経済が復活することがないという事だ。シュンペンターの創造的破壊などと言う言葉が流布されているが、グローバル経済と情報化社会がデフレを引き起こし、多くの雇用を奪っていることを考えれば、規制緩和だけで解決しないのは自明の理だ。大阪維新の会などはカジノを政策提案しているが、ギャンブルを財源にする案など枝葉末節の類だ。国鉄が民営化されてJRになって収益が生まれているので、民営化すればすべて良くなると思われがちだが、国鉄のままで今日の様な業務の拡大をさせたならば、地方の疲弊を促進させた廃線を防ぐことが出来たのではないのか。今更仮の話をしても仕方がないが、企業経営が分からない官僚どもが経済に口出ししていることが問題なのだ。

何れにしても、現在の日本はマスコミを動員してポジティブキャンペーンを行っているので、先行きが明るい様に錯覚しているが、実際は財務省が消費税値上げを実施する環境つくりと、TPP交渉参加で米国の支持を取り付けた円安で動いているだけの見せかけ景気に過ぎない。尤も、見せかけが本当にならないとも限らないので取り敢えずは安倍政権のお手並み拝見だろう。

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日本人は何時から完全主義者になったのだろうかと思う。日本列島は厳しい自然環境にあり、そこから生まれた日本人の死生観は西欧文明にはないものであった。しかし、高度経済成長を得て物資的に豊かになったが、反対に心の貧しさは増加している。以前にBlogで、アップルの創業者のスティーブ・ジョブスがすい臓がんで余命を知った時点から人生が変わったことが書かれた文章を目にしたことをお知らせした。彼は死を意識した時から必要な事だけを行ったらしい。アップル製品のシンプルさと彼が作り上げたシンプルな考え方は、死との背中合わせであったことが今だから分かることである。この様に書くと、タイトルと違う展開かと思われるかもしれないが、今朝のニュースで小学校の給食でアレルギーの子供にチーズ入りのフードを誤って食べさせて亡くなったことによる改善策の対応を耳にしたからであった。茨城の田舎で育ち、給食も幼稚園も経験していない私であるので、余計に過保護な社会が気になるのである。福島原子力第一発電所の事故を教訓としないヒューマンエラーを考えない社会が未だ続いているのにはうんざりする。今の日本人は何が起きようと全て他人ごとにしか映らないのかと思わざるを得ない。到る所で同じ繰り返しだ。事故が起きると事故調査委員会が設置される。ここまでは良いが、その報告書には事故を起こさない体制やマニュアルの強化が書かれ、現場の意見など無視した安全性だけを強調される。アレルギーの子供まで他の生徒と同じように給食を出すことが当然と考える社会は健全かと考える。最近、文部科学省が"食育"などを打ち出したので、給食が余計に重要視されているが、給食を経験していない私からすれば、"食育"などは学校教育で教えるものかと考えてしまう。豊かな社会になり、給食の必要性が指摘される中で"食育"の言葉を聞くと、給食に関わる既得権者の策謀と思って仕方がない。アレルギーの子供が誤って出されたチーズ入りフードを食べて亡くなったが、死亡に至る過程では情報伝達の不足と医師の経験不足が死に至らせた様だ。亡くなった子供の家族には怒られるかもしれないが、アレルギー体質を持った我が子を今の無責任社会の中で良く全幅の信頼を置いて預けられるのかと思って仕方がない。それと同時にヒューマンエラーは避けることが出来ないと言うスタンスに立って考えられない社会システムは危険だという事だ。平等という美名のもとで学校教育が行われており、給食に至るまで完璧さを求めている。勿論、貧しかった時代の責任ある社会が存在した過去ならばヒューマンエラーを最大限防ぐ神がかりの現象があったのかもしれないが、現代社会は死を忘れてお金と自己保身に走る他人の社会でどの様なマニュアルや責任体制を敷いても安全が守られる保障など存在しない。勿論、東日本大震災で見られた様に日本人の遺伝子には共同コミュニティによる絆や助け合い精神が残されてはいるが、その発動は誰もが命の危機を迎えた限定された時にだけ起きるものと考えた方が無難だ。多くの自治体が財政赤字に陥っている現状においては、行政になんでも任せるのではなく、一人一人が何をやることが大事かを考えて行動するすべきと考える。自分の子供守る為には何ができるかを先ず考えるべきだろう。いじめ事件も同様だが、倫理観を欠如した社会に安全な場所などないと考えた方が良い。警察官が強盗殺人者になる社会という事を肝に銘じるべきだ。

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先日、親友のご母堂の葬儀で久し振りに茨城県の土浦市に行ったが、その葬儀でつくば市役所に勤務している友人と再開した。彼は市教育委員会に在籍し、現在は定年後の再雇用で教育委員会の外部団体で引き続き市の教育行政に関わっている。彼とは大分長い間、年賀状でしか互いの消息を確認してはいなかったので、市の教育委員会で教育行政の現場にいたことは定年退職の挨拶で初めて知った。葬儀後に久しぶりなので昼飯を一緒に食べようとなり、彼が気に入っている土浦市内の武家屋敷を改造したレストランに案内された。彼とは学生時代から妙に気が合ったのだが、少なくても最後にあった時から20年以上経っているにも拘わらず直ぐに打ち解けた。彼は上智大学で応援団に入り、団長を務めたことを思い出した。同時に、剣道と合気道も遣っていたのだが、今でも続けているのには驚いた。粘り強い性格と改めて感心したが、行政マンとして市長や議員に仕えるには適任だったかもしれないと思った次第だ。彼との話は教育の話になり、つくば市で小中一貫教育の学校を新設したことを聞いた。私も中高一貫教育は聞いていたが、小中一貫教育に関しては初めて聞いたので驚いた。将来的には幼稚園の併設も計画しているとの事であった。彼は良い機会だから新設の学校を見てくれと言われ、帰りは常磐線でなくつくばエクスプレスに変更を勧められた。彼の車に同乗して雑談をしながらつくば市に向かったのだが、私の仕事が不動産関係なので興味があると考えて小中一貫の学校新設が街の発展に寄与していることを話してくれた。確かに、昔から教育と不動産は切り離されないものとは理解していたが、少子化現象の施設の統廃合もあって生まれた小中一貫校がもたらした不動産効果を聞くに及び考えさせられた。勿論、つくば市でも過疎地はあり、過疎地の学校の否応なしの小中合体教育もあるのだが、つくば市街の小中一貫校の新設は後ろ向きではなく前向きの考え方であったので、多くの父兄が子供を入学させたくて住居を移転してきている。この移動が市内だけなら心太方式で意味がないのだが、つくば市以外からの転入も多いと聞いて改めて孟母三遷の故事を思い出した。不動産業界に身を置く者としては、教育と不動産の相関関係の未来予想図が浮かび、彼との久しぶりの再会に力を得た思いとなった。彼の話では、都内では品川区と三鷹市が学校の統廃合に尽力しているとのことだが、下町一体で大学を誘致して街づくりを進める計画が増加しているのも頷ける話だと思った。当社は現在、学校の統廃合の話ではないが、地方の私立学園から学校施設の件で話が来ており、検討を進めている最中だ。新しい教育がもたらす価値はICT関係ばかりでなく、不動産にも良い影響を与えると思われ、今後ともつくば市の教育現場を見続けたい。そう言えば、つくば市は全国に先駆けてICT教育に力を入れており、何度も教育に関わる優秀賞を獲得したことも自慢げに話した。学生時代から勉強熱心な友人であったが、昼食をご馳走になった上に、仕事にプラスになる情報も貰ったので感謝に堪えない。持つべきものは良き友だと改めて思った。

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先の三連休の中日に住まいの近くの和洋亭「加とう」という店で行われた鮟鱇祭りに参加した。この店は未だ二回目なのだが、1月末に開催された会計事務所の香港事務所設立パーティに出席して知り合った方が、偶然にも私の住まいの近くに住んでいたことが分かり、早速彼の常連とする店で一献交わしたのであった。その時に鮟鱇祭りに誘いを受けて参加したのだが、宴も終焉に向かっていた時に20代の男性が隣に座った。私の斜め前の40台の男性と話をしていたのだが、途中で私に話を振り向けてきたので話すことになった。この20代の方に驚いたのは誠に好青年であり、年配者の話を素直に聞くことであった。しかし、話をする内に何か違和感を感じた。その理由を考えると、この優等生の青年の話し方はまるで何かのプレゼンを聞いていることと同様であることに気が付いた。興味を覚えて彼の経歴を聞いたのだが、このことに対しても屈託なく、地方から中部都市の大学に入ったのだが、居酒屋のバイト先で知り合った方の教えが人生に有益なことが分かり大学を止めたことや今は物販の営業を行っていることを教えてくれた。途中で40台の方が私に若い方に説教してはいけませんと唐突に言われたので、質問することは説教ではないと返事をしたのだが、このことにも驚いた。20代の方はそれに呼応するかのように、私は年配者の話が為になるので良く話を聞きますので、問題ありませんとの言ったのだが、これに関してもマニュアルを聞いている様だった。私の若い頃は父と同じ年の人とも議論を交わしたので中には不遜に思った方もいたかもしれないが、議論が成長の基礎を作ってくれたのは確かであった。20代の方に違和感を覚えていたら40台の方に若い方に説教的な口調はいけないと窘められたのにも違和感を覚えた。彼には私の茨城弁が強く聞こえたのかもしれないが、後から40台の方の言葉は今の社会を正に反映しているかもしれないと考えなおした。それは、TBSTVで朝に流すサンディプロジェクトと言う番組のスポーツコーナーでゲストの元野球選手で元参議院議員であった江本氏が現在社会問題化している体罰について触れた発言だった。彼は自分たちの時代には監督は直接選手に手を出さなかった。体罰的な事は上級生が下級生に対して行ったと選手同士の自律性に触れた下りだった。情報化社会はフラットな社会を作っていったが、それに呼応して全ての組織がフラット化している現象に危惧を感じる必要があるのかもしれない。勿論、全ての組織がフラットでないことは我々の業界である不動産業界では今でも垂直的な組織、いわゆる軍隊組織の上下関係で動いている会社が存在している事でわかるが、社会全体はフラットな方向に進んでいるのは否定できないと思われる。優等生的なプレゼン青年の出現は米国から入ったプレゼン社会の弊害であろうし、トップ以外に上司がいないフラットな組織の弊害も出て来ているのかもしれない。勿論、上に意見を言う事も出来ない組織は異常だし、逆に下に気を使わなければならない組織も同じように異常と思われる。組織がフラット化すること自体は問題ではなく、フラット化して自由に物が言えなくなることが問題なのである。それと、一方通行のプレゼン人間も問題と思われる。

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安倍政権が日本の経済再生に動き出したのは歓迎すべきことだが、懸念されるのは、グローバル経済化で大企業が人件費等の安い海外に工場を移転している現実と海外で稼いだ収益を国内に還元しない状況を見ると、単なる円安による輸出の増加と規制緩和だけで日本経済が再生しないのは明らかなので、円安と株高に浮かれていないで今後の具体的な政策を見極める必要がある。

実は安倍政権が遣ろうとしている先行例として韓国の李明博大統領の経済政策がある。正に、1998年のアジア通貨危機でIMF管理下でデフレ経済を強いられた韓国経済を復活させるために露骨なウォン安による輸出拡大によってGDPは大幅に増加した。しかし、大企業は内部留保を蓄積し収益は増大したが、国内の雇用は改善する所か格差が拡大し、企業も大企業の一人勝ちで中小企業は収益が悪化するだけとなった。韓国は長い間あらゆる面で日本を模倣し追い続けてきたが、IMF管理下になって否応なしに初めて別な道を選択したのである。日本のマスコミも経済停滞から脱した韓国経済に学べと言わんばかりの論調が一時は続いた。

しかし、李明博大統領の経済政策は米国流の大幅な規制緩和とウォン安による輸出拡大であり、グローバル経済にあっては企業が栄え、国民が滅ぶと言う格差社会を作り出した結果に終わった。その様な意味では、安倍ミクスも一歩間違えると韓国の後追いとなり、GDPは増加しても国民にとっては何も効果がない結果に終わる危険性がある。

この点から言えば、韓国が次期大統領に選んだ朴槿恵さんは、父親の故朴大統領の遺伝子を継承し、大企業より国民重視の政策を実施して行くものと見られ、その上に大学の専攻学部を電子工学に選んだ経歴と言動を見る限り、現李明博大統領の失敗を改める方向に大きく舵を切り、21世紀型の社会の現出に力を発揮するものと思われる。

日本の場合も財務大臣に中小企業の元経営者である麻生さんが就任したので大企業一辺倒の政策でない、中小企業の発展や若者の雇用の面を改善する政策を安倍首相に助言するのではないかと期待できる。グローバル経済に変わっても国は世界国家が出来ない限りはローカルとして位置づけられ、その国独自の税制などが企業経営を圧迫するのである。

21世紀型の経済と社会は、20世紀とは異なることを前提に政策を立案しないと無駄を重ねることになる。正に、メーカーズなどの本に書かれている様にメーカーも20世紀型の大企業ではなく、数人規模の工場を持たない家内工業的な単位の生産が供給の主体となる時代になるのかもしれない。20世紀末にグローバル経済が大企業を生み出したが、21世紀は情報化の時代により、デザインなどと工場生産が分離した社会が生まれる可能性がある。国家もその変化にそった政策を打ち出させる所が経済的な成功を収めるものと思料する。その様な意味では先行している隣国の韓国の動きを注視する必要がある。

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プラントメーカー日揮の社員の痛ましい犠牲には憤りを感じる。今回のテロの標的は日本人であったことが明らかになってきた。日本人がテロのターゲットになった理由は幾つかあげられる。多くの日本人は自衛隊の海外派遣を平和の目的として理解しているが、イスラム圏の反キリスト教・反ユダヤ教のテロリスト達から見れば日本はキリスト教国家でないのにその一員としてイスラム人を弾圧していると映っていると考えられることだ。自衛隊の海外派遣の拡大とともに本来は海外のテロリストなど過激派の動向を把握する組織を強化する必要があったと思われる。この間、外務省は何を行っていたかである。海外で時代遅れの鹿鳴館外交を繰り広げていることは承知の事実だ。外務省の改革を妨げているのは皇太子妃の雅子の親が外務省の高官であったことと、娘が外務省出身であることが関係ないとは言い切れない。その他にも、国会議員が外国に行った時に過剰な接待を行っているために、その利権を温存するために国会議員が外務省を時代遅れのままに放置しているとも思われる。大使には専属のコックを付けて貴族の様な生活をさせているのがそもそもの間違いだ。コックを置くなら武官を置けと言いたい。アルジェリアの日本大使館には武官を置いていなかったとのことだ。リビアの革命で多量の武器が隣国のアルジェリアやマリの過激派に渡った情報など何の役にも立てていなかったのは痛恨の極みだ。平和ボケの外務官僚に海外情報の収集を任せていたのではアルジェリアの悲劇は繰り返される。今回の事件を切っ掛けに外務省の組織や体制、更に大使館の組織改革を断行して無駄なパーティなどに費やされている税金を海外の日本人や企業の安全確保に対する情報収集や警護に使われるように改革する必要がある。海外情報の収集も外務省、防衛省、警察と縦割りで行っているので機能していないのが実情だ。他の先進国と同様に国内国外のテロリストや過激派の動向や外国のスパイ活動を監視する情報組織を立ち上げて国家と国民の安全を防護する必要がある。又、規制緩和して米国の様に民間の軍事会社に武器の所有や武器使用を認めて海外の企業も自らが防護できる様にすることも考える時期に来ている。グローバル化と民主化は利益の他に弊害ももたらしている。容易に自衛隊を海外派遣出来ない状況を考えれば、憲法改正議論より先に民間の自衛軍事組織を認めて防衛活動を行わせるのが現実的だ。

当社は顧客の資産管理を行っているが、先行きは顧客の財産の他に生命を守ることも業務の一環として考えなければならないほど物騒な社会に変貌しつつある。ニュースでスイス在住の資産家の日本人夫婦が帰国して行方不明になる時代である。今後は現行の警備会社の業務では出来ない民間軍事会社に相当する組織の立ち上げも検討したい。そう言えば、若い時分に勤めていた会社に韓国の元KCIAの軍人が履歴書を送付して来たことを思い出した。グローバル時代なの民間軍事会社は日本人だけで構成する必要はない。軍事訓練や戦闘を経験してきた外国人のスタッフも必要だ。

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田中和尚年賀状130101.pdf

今年頂いた年賀状を読んだ中で印象的だったのは北海道札幌市に所在する曹洞宗薬王寺の住職である田中清元さんからのものであった。田中和尚は、私の兄の大学の後輩にあたる人なのだが、学生時代に紹介された時には一般の大学生だったので住職になるとは想像もしなかった。大学卒業後暫くたって家業のお寺を継ぐために曹洞宗の本山で修行したのだが、修行僧の時に一度お会いしたことがあった。僧衣にブーツを履いた姿は滑稽だったが、私も当時は鳥打帽をかぶっていたので、その時に兄と三人でクラブに飲みに行ったときにホステスから刑事と間違われた。可笑しな組み合わせでホステスも面食らったのであろう。田中和尚は行動する住職として有名になり、過去には風の会で参議院の全国区に出馬したこともある人だ。

今年の年賀状には、「正しい見方は 正しい心から それは正しい教えに始まる」と冒頭に書かれていた。そして最後には、「正しいという字は一度止まると書く。姿勢を正し、深呼吸して心を落ち着かせ、新しい年を迎えたい。」と結んでいた。成る程、漢字は優れたものであると改めて感じ入った。正しい行いかどうかは、一度止まってから考えることが必要なのだろう。若い学生時代にはやんちゃな人であったが、今は高僧になり仏法の教えを広めている。

毎年頂戴する年賀状には時勢を反映した有意義な言葉が書かれているので、有難く読ませていただいている。一度時間があればゆっくりと田中和尚の説教でも聞いてみたいと思っている。

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民主党政権3年を問う選挙で今年の幕が下りることになったが、日本の失われた15年の立役者は小沢一郎という政治家の存在に尽きる。田中角栄という土建型政治家の下で学び、政治家としては政策立案能力を見せることはなく、徹底した政争政治家であった。自民党の単独政権が諸悪の根源として二大政党作りに政治家もマスメディアも踊り、その結果が分裂統合を繰り返し、結果的に生まれた民主党政権は野合の集まりで、1000年に一度の大災害である東日本大震災と副次的な福島第一原発の事故処理と震災後復興を等閑にし、民意を無視した増税に突き進み自滅した。政治は金と数と思い込んで政策など無視した最後の政治家の末路が小沢一郎と言える。今回の選挙で注目していた選挙区の一つに民主党元首相の管直人の選挙区があった。ここは東京都の国立市と武蔵野市の住民の選挙区であるが、今回の選挙結果は驚くべきものであった。それは管が善戦し、小選挙区では落ちたが比例で当選を果たしたことだ。東日本大震災の時の首相として無能なだけでなく、福島第一原発の事故処理に対して鎮静させるどころか彼の行動が被害を拡大してしまったからだ。今更言っても仕方がないことだが、管が首相でなければ少なくても原発1基の爆発で済んだと言われることは事実な様だ。私の故郷の茨城北部は福島第一原発から116kmに位置している。そこに居住する姉の飼い犬が内部被ばくしているのが昨年正月に偶然分かったが、現在は死の床に横たわっている。周辺地域の犬も足などに痛みを訴えていると言う話も聞くと、骨にセシウムが入った可能性は否定できない。管直人は原発事故を拡大させた責任を取るどころか、代替エネルギー法案を成立させたことを自慢するなど万死に値する政治家だ。それなのに東京都国立市と武蔵野市の住民の選挙で取った行動には日本の将来に不安を起こすものであった。そう言えば、国立市では法律的に問題がなかったのに住民がマンション建設に反対して後から条例を制定させて建築計画を変えた場所であったことを思い出した。

近年マスメディアは決める政治とか盛んに政治家を挑発しているが、民主主義とは何かを全く考えない意見だ。民主主義は手続きに時間が掛る制度だ。情報化時代で社会がスピードアップしたから政治も同様だと考えると民主主義の否定に繋がる。決められないのは社会の価値観が多様化し、複雑な社会になったからだ。マスメディアが決められない政治を攻撃すると結果的にアジテータ政治家の出現となり、政治が一層貧困化する。政治家が無能なので官僚が政治に口出ししてきており、意に沿わない政治家や議員立法に対してネガティブキャンペーンを行って国民を洗脳しておる。これは由々しき問題なのだが、記者クラブ制度の日本では利用されることがあってもその危険を訴えることはない。

安倍自民党政権の発足で経済再生に注力する姿勢を打ち出しているが、多くの人は本当に景気が良くなるか不安視している。民主党政権3年間の政治が如何に国民を裏切ったものであるか今更ながら驚く。私の個人的な見解では、安倍政権で景気は良くなると考える。理由としてはマスメディアが安倍政権を脱財務省とか論じているが全く筋違いと思うからである。財務官僚は民主党野田政権で悲願の増税法案を通したので今後は実施に向けた環境つくりと思われる。国民は財務官僚に騙されているので、円高は増税を実現するために財務省が仕組んだものと疑問にも思わない。その点から言えば、増税法案実施の条件の景気回復を実現するために財務省は動くことになり、それは選挙前の円安株高で良く理解できる。安倍政権の経済再生は増税の為の道標であり、脱財務省ではない。尤も、経済産業省の改革派と呼ばれる元官僚がTPP参加や電力自由化の拡大、更には国民の為にならない規制緩和を仕掛けなければの話だが。財政しか考えない財務官僚は失われた15年のA戦犯だが、経済産業省もグローバル経済を読み誤った政策を続けて産業界をリードしたのでB級戦犯は免れない。

 何れにしても、二度目の登板となる安倍政権は財務大臣に麻生さんを就任させたことで経済再生の意気込みが伝わる。麻生さんが平成の高橋是清になるのを願うばかりだ。笑ったのは石原伸晃を環境大臣に任命したことだ。今回の安倍総理は良く考えている。久し振りに期待出来る内閣と思われるが、後は米国対する面従腹背を成し遂げられるかだ。それはTPPと沖縄・普天間基地移設問題が踏み絵となる。この問題を上手く処理しないと短命内閣に終わる可能性が高いが、安倍総理は乗り越える自信があると思われる。期待したい。

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韓国の大統領選挙で朴槿恵さんが勝利したのには感慨深いものがある。私は彼女の父親が大統領であり、不幸にも側近に暗殺された時に日韓経済交流の仕事に携わっており、ポスト朴の情報を上司から命じられたが、その後の予想もつかない展開に翻弄された苦い思い出がある。今回の大統領選挙に朴槿恵さんは父親の軍事政権時代と戦前の日本軍人としての経歴を糾弾され、心ならずも謝罪した苦痛には同情を禁じ得ない。軍事政権以降で野党側から選出された大統領の殆どが歴史の見直しを行い、戦後50年以上経過したにも拘わらず、恰も昨日の如く対日協力者が資産まで収奪されるのは決して未来志向の姿ではないと思われた。時代時代において人は生きるために行動するのであって、現在の様な民主国家の成立以前の国において反国家的な問題で糾弾することの誤りに気づいていない。歴史学者の誤りは現在から過去を見て分析する姿勢と言われている。確かに、現在から過去を見るとその後の経過を見た者にとっては幾つかの選択肢が見えるが、過去の時点ではその選択肢が考えられたどうかは疑問だ。韓国の民主化は1987年6月29日に盧泰愚大統領の民主化宣言で初めて実現したのである。何故民主化が遅れたかは自明の如く隣国の北朝鮮と軍事的に対峙していたからである。朝鮮戦争を挟んで政権を担当した李承晩大統領時代の韓国は現在のアフリカ諸国より貧困であった。この状況を憂いた若手軍人が軍事クーデターで維新を断行し、その後日韓国交回復を果たして経済成長路線を築いたのである。その立役者が朴槿恵さんお父親であった。漢江の奇跡と言われた高度経済成長を実現し、今日の韓国経済の礎を築いた功労者であったことは事実である。特に、清貧な軍人政治家であり、後の歴代の大統領の様に親族一党で資産蓄積に走った者たちとは大きく違ったのである。何時のどの様な時代もそうだが、人々の欲求には節度がなく、何かを得られれば別なものが欲しくなる。政治は常に国民の何かしらの不満を受けなければならない宿命を持つ。勿論、この様な不満を持つことに対して国民が甘えているなどと言う政治家がいるが、国民から選ばれた政治家が言う言葉ではない。国民とはそういうものだ。しかし、戦後50年経過した後も対日協力者の弾劾を続ける姿は単に国民の不満を煽り、政敵を潰すのに利用していると見做されても仕方がないものである。その様な意味で、今回の大統領の選挙で朴槿恵さんが大統領に選出されたことは日韓関係のターニングポイントになる可能性が高い。日本に韓流ブームが起き、韓国民が日本に対して自信を深めた今こそ、日本と韓国が未来志向で経済的文化的交流を拡大し、相互繁栄する提携関係の構築が必要なのである。ちっぽけな島の竹島問題で壊してならない流れなのである。朴槿恵さんを大統領に選んだ韓国民は過去ではなく未来志向を求めたのである。日本国民もこれに答える必要がある。