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連日のTVニュースや新聞報道は暗いニュースばかりである。各企業の人員削減報道は発表記事なのであろうか。近年、経済学にも人間の感情を研究する学者が現れ、「行動経済学」などと認知されてきている。何時も思うのだが、マスコミ業界の連中は自分達の報道が企業の首切りを助長させている事に気づいていないのであろうか。尤も、現在の様な報道姿勢を続けていると企業広告が減り、マスコミ業界の経営危機となると一般的には考えられる。確かに、今後は広告収入は激減すると予想されるが、バブル経済崩壊時の記憶を辿ると短期的には間違いないが中・長期的には展開が違った。記憶している方もいるだろうが、最初は各企業とも広告費を削減したが、途中からリストラ効果で企業の体力が回復したため、企業は広告しないと商品が売れないと判断して逆に広告が増加したのである。マスコミ各社が今回も同様な展開と踏んでいるとすれば、不安を煽ることで企業のリストラを促し、早期に広告掲載が戻る事を考えての戦略があるかもしれない。しかし、マスコミ業界が今回も同様であると考えると大きな誤算がまっていると思われる。今回の金融危機は世界規模という事と、景気回復しても単純に既成マスコミ業界に広告が戻らない位の社会システムに変化が起きる可能性が高いからである。私が言いたいのはマスコミが不安を煽るのは自分達のためであり、社会のためではないので、報道に一喜一憂しないことが大事であると言うことである。

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政府やメディアは対前年度比と言う言葉が好きだが、この比較は経済成長率を前提としており、日本の様に経済規模が大きくなり低成長率やマイナス成長で物事を決めなくてはならない国には正しい比較とは思えない。日本経済を牽引してきた自動車産業を例に取れば、30年前には国内に自動車メーカーが多すぎるので生き残れないと言ったニュースが多かった。この見解を振り返ると、当時自動車産業は国内のマーケットが主体で海外の輸出が今の様に増加するとは品質面から考えられなかったためであろう。しかし、日本に自動車メーカーは、省エネ技術やIT技術による制御技術の進歩によって性能を向上することが出来て輸出が増加し、トヨタなどは自動車王国のGMやフォードを脅かす存在にまで成長した。しかし、今回の金融危機によって自動車各社は大幅な減産見通しとなり、トヨタは知らないが、マスコミは悲観的な報道ばかりである。翻って、成熟してしまった国内の自動車販売は若者の自動車離れもあって減少の傾向にあると報道されているが、この報道は本当に正しいのであろうか。もし、比較するなら30年前の販売台数に対して現在の数字を見る必要がある。若者の人口が減少しているので、30年前と比較すると一定の年代の購入率は減少しているのは当然なのである。この減少は景気や社会現象と何等関係がないと言える。問題は其処まで掘り下げたニュースであるかで記事の信憑性が確認される。日本国民が考えなくてはならないのは、成熟した社会は常に何処かが伸びれば何処かが下がるのであり、古いものは新しいものに取って代わられることに気づくべきである。勿論、多くの産業は需要が少なくなってもゼロにはならないので、生き残ればそれなりの果実は得られる。輸出の予想外の拡大で成長した業界に対して対前年度比を比較しても意味がない。問題は、今回の金融危機から生じる景気の落ち込みが20世紀経済の終焉であり、21世紀に向けて新しい経済モデルの構築をする必要があることであろう。21世紀経済モデルは今実用化に向けて研究されている多くの新しい技術によって構築されるであろうが、それ以上に重要なのは日本の様な成熟した社会では物質的な豊かさだけでなく、生活レベルは下がっても安心できる社会の構築であろう。この構築に一番邪魔なのは対前年度比と言う言葉ではないかと思う。

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政治資金法の改正以降、政治家は国民受けする構造改革と称する民営化で新たな利権を見出している。民営化の利権は明治維新の三菱財閥や三井財閥の例でも分かる美味しい蜜と言える。民営化は官僚から既成利権を収奪する代わりに政治家が介在して国有資産が二束三文で民間企業に払い下げられる。今回報道されている日本郵政の「簡保の宿」の一括資産売却に関しては、年間40億円~50億円の運営赤字だからDCF(デスカウントキャッシュフロー)方式と短期的な雇用維持を条件に叩きうる図式にも当て嵌まる。「簡保の宿」が全部赤字とは思えない。雇用維持に関しても1年間だけなので意味はない。問題はこの売却で誰が多くの利益を得るのかということである。日本郵政の民営化プログラムに初めから「簡保の宿」の売却が入っていたと言う事だが、決定過程の議論を国民に開示することが必要である。小泉内閣の規制緩和にも多くの疑惑が残る。勿論、規制緩和の必要性は否定しないが、問題は規制緩和で新たな利権を生むと言う構造を国民が知るべきと思う。然も、この利権には政治家と元官僚などが群がっているのである。財政難から実施された介護保険の導入などは新たな利権を生み出した典型的な事例である。政治家が官僚支配に対して声を大きくして改革を叫んでいるが、国民は政治家が新たな利権を官僚から収奪する意図があることを知るべきである。政治家が官僚を支配できないなどということは本来考えられないことである。官僚にとって今の政治家は利権漁りばかりで真の政治家として見ていないから従わないのである。現実と乖離した能天気な役人は排除すべきだが、善人の仮面を被った政治家ほど危険の者はいない。今の政治家は正に偽善家ばかりである。日本郵政の問題を契機に国民は監視の目を強めるべきである。

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2006年に導入された飲食産業に対する減損処理の基準に驚いた。勿論、この基準だけでなく多くの会計処理に対して硬直した考え方が多く、然も会社の経営に対する自由度を狭め、画一的な企業しか存続できない会計基準など意味があるのだろうか。確かに、会社経営に対する透明度を高めて投資家が安心して投資できるグローバルな会計環境を構築する事自体には反対ではないが、ここの国の税法と相関しない会計基準は企業の経営を圧迫するだけである。尤も、会計基準を作った国は税法と相関しているのであるから不公平な世界標準と言える。監査法人は少なくても国の税法に相関するまで新たな会計基準は導入を見送るべきであり、導入を企業に求めるなら国に税法の改正を要請すべきである。更に言えば、時価会計などは平時の基準であり、今回の様な金融危機を想定していなかったのはお粗末である。全ての業界に歴史観のあるリーダーが不在で危機を助長させている。話を戻すと、冒頭の指摘は飲食店経営会社は出店した店舗が2年以上赤字になるとその店舗に係る固定資産に対して減損会計処理を行う事が必要となる会計基準である。監査法人は企業の経営を人間不在のシステムにする事を計画しているのであろうか。監査法人の一番の問題点は、数字だけで実態を洞察する能力がないから、この様な基準の導入を必要と考えるのかもしれない。企業の戦略は赤字でも続ける必要がある場合もあることを認識していない。正に、資本化目線の会計基準である。この様な会計基準が拡大すると企業の将来に対する投資は制限され、社会は後退を余儀なくされる。自由主義の経済とは不正を前提に会計基準を強化するものなら自由を拡大する意味がないであろう。本当に今の世の中は戦術だけで戦略を考えられない小人物が指導者の地位に就いている。

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経済の低迷で英国病と言われたのを、金融自由化と行政改革で国家再生が成功したと思われていた英国だが今回の金融危機で通貨安を招き経済危機が深刻である。英国は国土が狭いながらも大国として君臨できたのは過去の植民地時代の遺産もあるが、国民が贅沢をしない質素な暮らしぶりも背景にあった。しかし、金融自由化後の英国は消費大国へと変貌を遂げて食事ひとつ取っても贅沢になった様だ。金融は人間の体からすれば血液に相当する重要な要素だが、遺伝子異常と言われる癌も又血液の塊であると言われる様に過剰になると問題が生じるのである。今回の金融バブルも実体経済と懸離れた金融が一人歩きをして世界中に豊かさを齎したが、癌によって健全な組織細胞が破壊されたと同じ様に、過剰な金融商品で成長した経済が信用の収縮によって簡単に破綻してしまった。金融自由化で他の国々より恩恵を受けただけ英国では今回の金融危機に対してはダメージが強く、虚像を払拭した後の経済再生は大変と思われる。金融自由化でのリスクの分散や軽減が、実際はリスクを増大していたと言う愚かさは笑えない。日本も行政改革で独立行政法人への移行など英国に習った政策を行ったが、この政策も金融自由化で資金の調達を外部に求め易い環境を前提としていたら厄介な問題(公共サービスの低下)を引き越すのではないかと懸念される。

 

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今から20年以上前に日本経済は内需拡大策に転じた筈であったが、今回の金融危機で分かった事はグロバール経済に巻き込まれた輸出至上経済と言う先祖がえりであった。小泉と竹中の政策は一見すると小さな政府を目指し、規制緩和の民需による景気回復シナリオと言われて来たが、実際は財政再建を優先しただけの政策であり、景気回復に見えたのは米国発の金融バブルによる恩恵で輸出が増大したからであった。本来行う必要があった内需拡大による景気回復シナリオは、財政再建の御旗で公共事業の縮小や地方に対する補助金の削減のために消えてしまっていた。マスコミを含めた小泉・竹中支持者は、非正規雇用制度などの改革で国内から海外への工場移転が行われなかったので評価しているが、この制度のために内需主導の制度改革が等閑にされ、今回の金融危機による輸出の大幅な減少で必要以上に株価が下がるという事態になっている。然も、準備不足で行った規制緩和が不正の温床となり、逆に規制が強化された建築業界などに今後起きるマイナス効果も懸念されている。行政改革と言いながら単に役所の整理統合と独立法人の設立だけであり、実態は何も伴ってはいない。道路公団や郵政民営化も国民のためでなく、石油特別会計の一般財源化と財政投融資に使った郵貯の後始末が目的のために今後色々な問題が起きてくると思われる。100年に一度と言われる世界的な大不況の到来に地方経済を破綻させ、内需拡大の経済を怠って国民を苦しめさせることになる政治家の責任は重い。

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ソマリア沖に海上自衛隊を派遣する事に対して国内法に縛られている馬鹿な政治家を見ると、江戸時代末期の徳川幕府の様に機能不全に陥っている姿とダブって来る。政治家が役人になってしまった悲劇である。勿論、派遣される海上自衛隊の隊員の安全に対して配慮することは重要だが、新しい法律を作らないと何も出来ないと言う考え方がお粗末である。尤も、ソマリアの海賊については何年も前から起きていることなのに何等の事前対策も行ってきていない事に驚かされる。日本には国会議員が何人いるのであろうか。選挙に関係ない事は何もしない政治家ばかりと思える。日本は平成鎖国とも言える状況に陥っている様だ。今の政治家は官僚を非難するが、ソマリアの海賊の様な問題は政治家がリードしないと役人は動けない筈である。政治家が遣るべきことを遣らないから役人に馬鹿にされるのである。役人任せの政治を行っていて役人批判もあったものではない。国会議員の権限を再度認識して高い報酬に見合った働きをすることが先である。選挙時に新人以外は公約でなく実績を開示するべきである。何も行っていない政治家は選挙で選ばなければ良いのである。野党だから何も出来ないと言う詭弁は通用しない。

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米国のオバマ新大統領の言葉だが、昨今の混迷した世相においては心に響くものがある。先週末にNHKが放映した40年前の東大の安田記念講堂と日大の各学生闘争に参加した当事者の学生達のその後の人生を追跡したドキュメンタリーを偶然に見た。今の若い人たちには何等の感慨も呼び起こさないだろうが、この闘争時に学生生活を送った私としては感慨深いものがある。バブル経済時の不動産業界には学生運動に参加した闘士が多くいた。学生運動を行って逮捕されるとまともな就職が出来なかったために、身上書に余り拘らない歩合制の不動産営業の業界に飛び込んだ人達だ。不動産業界紙の記者もその辺の事情に詳しかったので、取材時には学生運動時に属していたセクトを聞かれたものである。純粋な学生運動が次第に過激的な思想に染まり自滅していったのを見ているが、今日ではロシアや中国が資本主義経済に取り込まれたのを境に思想的対立から宗教的対立に変化しているので、多神教を許容する日本社会に育った若い世代のエネルギーは何処に向かうのかと考えてしまう。特に、日本の政治家を見ていると殆んどが政策の勉強せずに政争に明け暮れている姿を見ると絶望的である。この様な時代にこそ若い世代の力が必要なのだが、我々の世代の時の様な反権力の激しい怒りが生まれていない様だ。不動産業界も今は金の亡者だけが跳梁跋扈しており、社会に対して何らかの貢献すると言う経営者は少なくなった。尤も社会全体の価値観が"お金"になったのだから仕方ないかも知れないが、"We can change"を最も必要としているには米国でなく日本と思える。

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日本は記者クラブ制度のため各社とも殆んどが記者発表のニュースのため大体同じ内容であり、各社のニュースの選択基準も同じなのかどのチャンネルや新聞を見ても変わらない。尤も、偶には他社が取り扱わないニュースを流しているケースもあるが、この類は殆んどが誤報かやらせ記事であるので信憑性にかける。日本は海外と比較して他国のニュースの取り扱いが大きい。今朝のニュースではNYの国内線の飛行機事故が何度も流されていたが、このニュースに関心がある人の比率を考えると無駄な様な気がする。他に国内の重要なニュースがあるのではないかと思われる。日本人は学校教育の時から与えられて成長するので、新聞の記事などに関しても当然の如く受け入れてしまうが、価値観が多様化した時代にあっては通用しなくなったのではないか。日本企業も同様に欧米を目標に頑張っている間は良いが、海外を気にしすぎることは逆に害にもなるのではないかと思う。政治家にとっては戦後の政治化のと言うより、明治維新後と言って良いかもしれないレベルのままである。この様な政治家のレベルを思うと21世紀の資源サバイバルの世界にあって生き残れるのか心配になる。翻って米国では社会問題をフィールドワークを通して解決しようとし、その限界から夢を実現するために政治家となったオバマ大統領が誕生した。羨ましい限りである。そう言えば、麻生総理が漢字が不得手なのをマスコミが一斉に報道しているが、この問題が子供の教育に大きな影響を与える事に気が付いていない。国語の教師が子供から漢字を覚えなくても総理大臣になれるのだから漢字を覚える必要がないと言われたらどうするのか。全く日本のマスコミは馬鹿ばかりが集っている。今回の渡辺代議士の離党騒ぎもしかりである。渡辺代議士の行動は政党政治を否定する行為であるが、マスコミはその事を理解したうえで報道しているのだろうか。今のマスコミは全く日本を戦争に導いた時と同じ過ちを犯している。記者クラブに甘んじてフィールドワークしていない記者の限界である。多分、現在の報道姿勢を続けると近い将来に日本のTVや新聞はその地位をITに取って変わられるであろう。オバマ大統領の出現とイスラレルのガザ攻撃にユーチューブが利用された事が未来を暗示している。

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急激な円高についてはその是非について賛否両論がある。輸出業界は当然に価格競争力が落ちるため円安誘導を政府に要望する。マスコミの論調は円安でないと日本経済が崩壊する如くの報道だが、円が90円前後に高くなったのは今回が初めてではない。バブル経済崩壊後に急激な円高があった。確かに、この時には多くの日本企業が中国などに生産拠点を移して乗り切った事が思い出される。海外に長く住む友人の意見では日本企業の実力から見れば円が80円台になっても不思議ではないと何時も言っていた。その後円は安くなり120円台を推移してきたが、円高と比較して何が戻ったかは良くわからない。トヨタなどの自動車会社が高収益を上げたかもしれないが、それは円安と言うより、欧州・米国の経済の好況さが原因であったと思われる。円安や円高は日本当局が一人で騒いでもコントロール出来る物ではないと言う事である。今回の円高は金融危機で欧米ほど傷が深くなかった日本から資金を流失させるためであると言うことである。国民にとっては円高は物価の下落に繋がるので歓迎すべきものと言える。マスコミなどは円高は日本経済の死活問題で再度海外に工場の移転が起き経済の空洞化が進むと騒いでいるが、この論調は古い経済のスタイルを捨てきれない人達の意見である。日本には余り利用されていない富があるので、円高の今こそ海外の企業買収や資源投資、更には不動産投資を積極的に行うべきと考える。円高による海外の工場移転などは過去の出来事である。現在の様に正規雇用者の需要が減少したのは10年以上前の円高によって多くの工場が海外に移転したからである。日本の経済を活性化するには、海外の市場に投資する手段しかないのに気づくべきである。円高によるデフレスパイラルなどを恐れずに今回の円高を機に新しい時代に対応した経済の活性化に乗り出すべきであると思われる。