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田中和尚年賀状130101.pdf

今年頂いた年賀状を読んだ中で印象的だったのは北海道札幌市に所在する曹洞宗薬王寺の住職である田中清元さんからのものであった。田中和尚は、私の兄の大学の後輩にあたる人なのだが、学生時代に紹介された時には一般の大学生だったので住職になるとは想像もしなかった。大学卒業後暫くたって家業のお寺を継ぐために曹洞宗の本山で修行したのだが、修行僧の時に一度お会いしたことがあった。僧衣にブーツを履いた姿は滑稽だったが、私も当時は鳥打帽をかぶっていたので、その時に兄と三人でクラブに飲みに行ったときにホステスから刑事と間違われた。可笑しな組み合わせでホステスも面食らったのであろう。田中和尚は行動する住職として有名になり、過去には風の会で参議院の全国区に出馬したこともある人だ。

今年の年賀状には、「正しい見方は 正しい心から それは正しい教えに始まる」と冒頭に書かれていた。そして最後には、「正しいという字は一度止まると書く。姿勢を正し、深呼吸して心を落ち着かせ、新しい年を迎えたい。」と結んでいた。成る程、漢字は優れたものであると改めて感じ入った。正しい行いかどうかは、一度止まってから考えることが必要なのだろう。若い学生時代にはやんちゃな人であったが、今は高僧になり仏法の教えを広めている。

毎年頂戴する年賀状には時勢を反映した有意義な言葉が書かれているので、有難く読ませていただいている。一度時間があればゆっくりと田中和尚の説教でも聞いてみたいと思っている。

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民主党政権3年を問う選挙で今年の幕が下りることになったが、日本の失われた15年の立役者は小沢一郎という政治家の存在に尽きる。田中角栄という土建型政治家の下で学び、政治家としては政策立案能力を見せることはなく、徹底した政争政治家であった。自民党の単独政権が諸悪の根源として二大政党作りに政治家もマスメディアも踊り、その結果が分裂統合を繰り返し、結果的に生まれた民主党政権は野合の集まりで、1000年に一度の大災害である東日本大震災と副次的な福島第一原発の事故処理と震災後復興を等閑にし、民意を無視した増税に突き進み自滅した。政治は金と数と思い込んで政策など無視した最後の政治家の末路が小沢一郎と言える。今回の選挙で注目していた選挙区の一つに民主党元首相の管直人の選挙区があった。ここは東京都の国立市と武蔵野市の住民の選挙区であるが、今回の選挙結果は驚くべきものであった。それは管が善戦し、小選挙区では落ちたが比例で当選を果たしたことだ。東日本大震災の時の首相として無能なだけでなく、福島第一原発の事故処理に対して鎮静させるどころか彼の行動が被害を拡大してしまったからだ。今更言っても仕方がないことだが、管が首相でなければ少なくても原発1基の爆発で済んだと言われることは事実な様だ。私の故郷の茨城北部は福島第一原発から116kmに位置している。そこに居住する姉の飼い犬が内部被ばくしているのが昨年正月に偶然分かったが、現在は死の床に横たわっている。周辺地域の犬も足などに痛みを訴えていると言う話も聞くと、骨にセシウムが入った可能性は否定できない。管直人は原発事故を拡大させた責任を取るどころか、代替エネルギー法案を成立させたことを自慢するなど万死に値する政治家だ。それなのに東京都国立市と武蔵野市の住民の選挙で取った行動には日本の将来に不安を起こすものであった。そう言えば、国立市では法律的に問題がなかったのに住民がマンション建設に反対して後から条例を制定させて建築計画を変えた場所であったことを思い出した。

近年マスメディアは決める政治とか盛んに政治家を挑発しているが、民主主義とは何かを全く考えない意見だ。民主主義は手続きに時間が掛る制度だ。情報化時代で社会がスピードアップしたから政治も同様だと考えると民主主義の否定に繋がる。決められないのは社会の価値観が多様化し、複雑な社会になったからだ。マスメディアが決められない政治を攻撃すると結果的にアジテータ政治家の出現となり、政治が一層貧困化する。政治家が無能なので官僚が政治に口出ししてきており、意に沿わない政治家や議員立法に対してネガティブキャンペーンを行って国民を洗脳しておる。これは由々しき問題なのだが、記者クラブ制度の日本では利用されることがあってもその危険を訴えることはない。

安倍自民党政権の発足で経済再生に注力する姿勢を打ち出しているが、多くの人は本当に景気が良くなるか不安視している。民主党政権3年間の政治が如何に国民を裏切ったものであるか今更ながら驚く。私の個人的な見解では、安倍政権で景気は良くなると考える。理由としてはマスメディアが安倍政権を脱財務省とか論じているが全く筋違いと思うからである。財務官僚は民主党野田政権で悲願の増税法案を通したので今後は実施に向けた環境つくりと思われる。国民は財務官僚に騙されているので、円高は増税を実現するために財務省が仕組んだものと疑問にも思わない。その点から言えば、増税法案実施の条件の景気回復を実現するために財務省は動くことになり、それは選挙前の円安株高で良く理解できる。安倍政権の経済再生は増税の為の道標であり、脱財務省ではない。尤も、経済産業省の改革派と呼ばれる元官僚がTPP参加や電力自由化の拡大、更には国民の為にならない規制緩和を仕掛けなければの話だが。財政しか考えない財務官僚は失われた15年のA戦犯だが、経済産業省もグローバル経済を読み誤った政策を続けて産業界をリードしたのでB級戦犯は免れない。

 何れにしても、二度目の登板となる安倍政権は財務大臣に麻生さんを就任させたことで経済再生の意気込みが伝わる。麻生さんが平成の高橋是清になるのを願うばかりだ。笑ったのは石原伸晃を環境大臣に任命したことだ。今回の安倍総理は良く考えている。久し振りに期待出来る内閣と思われるが、後は米国対する面従腹背を成し遂げられるかだ。それはTPPと沖縄・普天間基地移設問題が踏み絵となる。この問題を上手く処理しないと短命内閣に終わる可能性が高いが、安倍総理は乗り越える自信があると思われる。期待したい。

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韓国の大統領選挙で朴槿恵さんが勝利したのには感慨深いものがある。私は彼女の父親が大統領であり、不幸にも側近に暗殺された時に日韓経済交流の仕事に携わっており、ポスト朴の情報を上司から命じられたが、その後の予想もつかない展開に翻弄された苦い思い出がある。今回の大統領選挙に朴槿恵さんは父親の軍事政権時代と戦前の日本軍人としての経歴を糾弾され、心ならずも謝罪した苦痛には同情を禁じ得ない。軍事政権以降で野党側から選出された大統領の殆どが歴史の見直しを行い、戦後50年以上経過したにも拘わらず、恰も昨日の如く対日協力者が資産まで収奪されるのは決して未来志向の姿ではないと思われた。時代時代において人は生きるために行動するのであって、現在の様な民主国家の成立以前の国において反国家的な問題で糾弾することの誤りに気づいていない。歴史学者の誤りは現在から過去を見て分析する姿勢と言われている。確かに、現在から過去を見るとその後の経過を見た者にとっては幾つかの選択肢が見えるが、過去の時点ではその選択肢が考えられたどうかは疑問だ。韓国の民主化は1987年6月29日に盧泰愚大統領の民主化宣言で初めて実現したのである。何故民主化が遅れたかは自明の如く隣国の北朝鮮と軍事的に対峙していたからである。朝鮮戦争を挟んで政権を担当した李承晩大統領時代の韓国は現在のアフリカ諸国より貧困であった。この状況を憂いた若手軍人が軍事クーデターで維新を断行し、その後日韓国交回復を果たして経済成長路線を築いたのである。その立役者が朴槿恵さんお父親であった。漢江の奇跡と言われた高度経済成長を実現し、今日の韓国経済の礎を築いた功労者であったことは事実である。特に、清貧な軍人政治家であり、後の歴代の大統領の様に親族一党で資産蓄積に走った者たちとは大きく違ったのである。何時のどの様な時代もそうだが、人々の欲求には節度がなく、何かを得られれば別なものが欲しくなる。政治は常に国民の何かしらの不満を受けなければならない宿命を持つ。勿論、この様な不満を持つことに対して国民が甘えているなどと言う政治家がいるが、国民から選ばれた政治家が言う言葉ではない。国民とはそういうものだ。しかし、戦後50年経過した後も対日協力者の弾劾を続ける姿は単に国民の不満を煽り、政敵を潰すのに利用していると見做されても仕方がないものである。その様な意味で、今回の大統領の選挙で朴槿恵さんが大統領に選出されたことは日韓関係のターニングポイントになる可能性が高い。日本に韓流ブームが起き、韓国民が日本に対して自信を深めた今こそ、日本と韓国が未来志向で経済的文化的交流を拡大し、相互繁栄する提携関係の構築が必要なのである。ちっぽけな島の竹島問題で壊してならない流れなのである。朴槿恵さんを大統領に選んだ韓国民は過去ではなく未来志向を求めたのである。日本国民もこれに答える必要がある。

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経済産業省に資源エネルギー庁を所属させることは日本のエネルギー政策に大きな問題点を生じさせるばかりでなく、福島原発事故の誘因を作った電力自由化にも国民の為の真の自由化かどうか検証する必要がある。当世は規制緩和や自由化という言葉を使うと官僚の利権を壊し国民の全て利益になると思われがちだが、実態は必ずしもそうではない。日本維新の会の顧問の竹中平蔵の様な政治ブローカーの新たな利権を生み出しているケースも多い。国民は電力の安定供給に慣れ過ぎてこの状態が当たり前になっている。電力自由化を考える場合には先ずこの当たり前の疑問から考える必要がある。私も良い自由化なら賛成だ。問題は国が進めた電力安定供給の為に電力会社の過剰に抱えている設備投資だ。電力自由化や送配電分離に関して誰もそのことに言及していない。太陽光発電にしても高い電力を電力会社が購入しなければ成り立たない現実を考えれば、最終的に税金という形で国民に転嫁されることは明らかだ。現在でも国民は大企業に電力料金を安く供給するために高い使用料を強いられているのだ。これに関しても殆どの国民が知らない。経済産業省が進めている電力自由化は国民のためでなく、企業の為である。勿論、昔の様に終身雇用制が維持され、失業率の低い時代なら国民に高い電力使用料を課して企業に安い電力使用料金とすることには異論がないだろうが、金融資本主義になり、格差社会が現出した状況では、企業のために全国民が犠牲を強いられる必要はないという事だ。経済成長を遂げて世界第二位(現在は第三位)になる前は、電力の安定供給などなく停電も良くあった。この為に、重厚長大産業と言われる企業は自前の発電設備を所有していたのである。それが何時の間にか安い電力を供給するシステムが構築され、企業は電力設備を持つことがなくなったか、非常用に近い設備となった。原子力発電所の建設推進は企業に安い電力を安定的に供給するためのものであり、国民生活の向上は二の次であった。何故かと言うと、経済産業省に資源エネルギー庁が置かれたからである。経済産業省は国民の福利厚生のための行政ではない。企業の為の役所である。尤も、経済が良くなれば国民生活も向上するので、間接的には国民に為でもあるのだが、官民尊卑の思想が残されている官庁には国民とは犠牲を強いるものと理解されている。経済産業省の企業とは官庁の指導に従うものを指し、指導に従わない企業に対しては悪辣な嫌がらせをするのである。これに関してはホンダ創業者の本田宗一郎翁や出光興産の出光佐三翁が指摘している。グローバル化の中で電力自由化で安い電力を求めている企業の為に経済産業省は動いているが、過剰な電力設備の問題を考慮しないで電力自由化を進めたために、電力会社は経費節減に走り、必要な安全対策を怠ったり、老朽化した原発の稼働の延長を決めたことが福島原発の事故を招いたのである。東日本大地震直後は想定外の大地震のために起きた事故と言われたが、40年以上経過した原発の稼働延長や津波対策を指摘されていたのに行わなかったことに関する問題には言及されることはなかった。確かに、電力会社も政治家を使ったり、天下りの官僚を受け入れて行政に対する指導に従わなかった面もあったと思われるが、従わなくなった背景には電力自由化に端を発しているのではないかと思われる。日本原子力発電の東海第二原発は津波対策を施していたので間一髪で事故が防げた。東電の福島第一原発の津波対策が行われなく、日本原電の東海第二原発の津波対策が行われたかは一目瞭然である。理由は30㎞圏内の人口である。東海第二原発の30km圏内には80万人の居住者がおり、原発周辺の人口としては最も多いエリアだからである。何れにしても、全体を見て電力自由化を進める知見がなかったために起きたのが福島第一原発事故であった。資源エネルギー政策は国家的国民的なな視点から行うべきものであり、経済発展の視点からしか見れない経済産業省に関係部門を置くべきでない。原子力規制委員会は第三条委員会と経済産業省から独立したが、原子力だけ切り離しても意味がない。この際、経済産業省から資源エネルギー庁を分離独立させてから電力自由化の問題を議論すべきである。日本維新の会などは電力自由化を進めれば脱原発できるなどと戯言を言っているが、本当に国民を考えた議論をするなら、先ず経済産業省から資源エネルギー庁を独立させることが重要だ。

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今の日本は民営化を唱える人達が主導権を握っているので、笹子トンネル崩壊事故の本当の原因も隠蔽される恐れがある。その第一弾の記事が出た。打音検査は2000年以降行っていなかったという報道記事だ。小泉内閣が発足したのは2001年以降で道路公団の民営化はそれ以降の事なので、今回の事故と関係ないという正に予想された内容だ。少なくても、それが事実であったとしても日本道路公団が民営化を逃れるために経費節減を行ったという解釈も成り立つ。何れにしても、打音検査自体が経験豊富な従業員がいることを前提としたものであり、打音検査を辞めた理由は経費節減でなく、リストラによる年配者の経験者の切り捨てから生じた可能性も否定はできない。民営化も同様だが、米国主義の経験者軽視の社会にシフトしたマイナス部分だ。日本人は情緒的な国民性なので、いったん振り子が逆になると一斉にその方向にベクトルが動き止まらなくなり、盲目的になる。民営化問題も然りである。日本道路公団の問題は民営化でない有効な方法があったにも拘わらず、道路公団の改革は民営化しかないという方向付けがなされた。何故なのか。簡単である。民営化の方が簡単であり、株式市場の上場などの利権絡みで儲けることが出来るからである。日本社会の構造改革で抜け落ちているのは国民の安全という言葉である。国民の命に関係する高速道路に関して営団の民営化は適切かどうかの議論は少なかった。民営化により利益追求企業になれば経費節減が第一となる。勿論、経費節減とは理想論からいえば無駄な部分や必要以上に掛けている費用を削減して適正化図ることだが、実際には利益を出すために無理な経費削減が行われるのは普通だ。笹子トンネルの目視点検に関しては開いた口が塞がらないほど驚くが、人の命より利益を重視した結果であるので、今後とも起きる事故と思われる。リストラで経験者を切った時点で打設点検も効果がなくなり、本来なら赤外線点検が必要であったと思われる。2000年以降に打設点検が行われなかった理由を検証しないと問題点をぼかしてしまうことになる。国民は中央高速道路の笹子崩落事故は道路公団の民営化による起こるべくして起きた事故としてとらえないと同じような事故が再び起きる。話が変わるが、米国NYを襲ったハリケーンによる市街地の混乱は、公共施設にお金を掛けない考え方が原因であり、現在の日本では考えられない被害と言われておる。日本社会も間違いなく、米国の破たんの道を追っている。

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ビジネス業界にBプランという言葉があるが、マスコミが滋賀県知事の嘉田由紀子さんが造る新党に結集する集団に対して命名した第三極Bチームの表現は面白い。第三極Aチームはもちろん橋下大阪市長が造った「日本維新の会」であり、第三極Bチームは嘉田知事の「日本未来の党」は承知の事実であるが、両方とも地方自治体の首長が造った政党であることは中央集権政治が地方を犠牲にした結果であることが分かる。民主党政権に対して国民が抱いた嫌悪感は政治的信念がなく、ぶれまくったことである。自民党、民主党以外の新しい政党に求めることは先ずぶれない事であると思われる。ぶれると言うことは政治的信念が欠如していることであり、ポピュリズムに陥るということであるし、それ以前に政策の勉強が絶対的に不足していることでもある。日本維新の会に危惧するのは、環境エネルギー問題の顧問として大阪市に迎えた飯田哲也さんが反原発で山口県の知事選に出馬したのに支援しなかったことである。支援しなかった理由は山口県選出の自民党の安倍晋三議員と提携の話をしていたからと推定されるが、瑣末なことと思われるかもしれないが、私としては橋下大阪市長の政治信念について疑問がわいた。その後、日本維新の会が石原太陽の党の合流で重要な政策などを曖昧化した事を問題視してなく、政治は数という旧来の考え方で政治を考えていることが良く分かった。この様な集団は形勢が不利になれば容易く空中分解することは目に見えている。第三局Bチームの嘉田滋賀県知事は経歴から判断して政治的信念がある人物と分かる。大学で農学部を専攻し、農業と環境に対しては専門家である。組織票を持たずに知事になったのは橋下大阪市長と似ているが、二期目に入った嘉田滋賀県知事は橋下市長の様なアジテータ-手法でなく、正に地についた手法で県民の支持を得ている。脱原発を標榜しながらコロコロと変わる橋下市長に比べて嘉田知事の"卒原発"の主張は現実的である。日本未来の党に先の飯田哲也さんが副代表で加わる話もあり、それが実現すればエネルギー・環境に関しては非常に大きな力となることは間違いない。既成政党の如く数の論理を優先して国政に参加する日本維新の会より、政治的信念をもって国政に参加する嘉田知事の日本未来の党の方が国民にとっては信頼できるものと思われる。ビジネス界でも実際に評価されるのはBプランなので、政治でも第三極はBチームに期待したい。

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私も最近まで円安論者であったが、ここにきて世界経済の動向を見ると円高を維持する必要があるのではと考え始めた。円高でも地獄、円安でも地獄なら円高の方が、比較論からいえば、日本は救われるのではないかと。ミスター円と言われた榊原元財務官は今は円高論者である。当社の様なドメステックな会社からすれば円高は過去の経験から判断して厳しいのは事実である。18年前の経済バブル崩壊後の不思議な円高を経験しているので特に円高には否定的になっている。しかし、リーマンショック以降の世界金融と過去の円高の時とはかなり違う状況と考えられ、輸出推進主義者の様な円安一辺倒の考え方は間違っていると思うようになった。リーマンショック以降の欧米は景気対策で通貨供給量を大幅に増大させた。欧米諸国は当初は数年で景気回復基調に乗り、過剰流動性となった通貨を市場から引き揚げる算段であったことは間違いない。ところが、5年を経過するのに一向に景気が回復しないどころか更に通貨を市場に供給しなければならないほど肝心な所では通貨が不足になったと同時に、欧州の国々のソブリンりスクが台頭してきた。日本はリーマンショック時には平成ミニバブルと程よい円安を享受していたのと、財政再建の御旗があったことと、更には米国経済の景気対策の側面支援もあり円高に対しては容認政策を推進した。冷静に考えれば、多くの工場が海外移転した日本では輸出産業に関しても過去の様な円高の影響は少なくなっているのは確かであり、組み立て用の部品の一部を海外の工場から輸入することを考えれば輸出に対する円高危機と呼ぶには全く環境が違ってきているのが分かる。

翻って、少子高齢化社会で年金生活者が年々増えている現況を考慮すれば、円高によって物価がデフレになっていることは歓迎すべきことではある。特に、世界経済が通貨の過剰流動性になってエネルギー資源市場や食糧市場に投機資金が流入して価格を上げている状況を考えれば円安が日本経済、いや日本国民に及ぼす悪影響は大きいものとなるのは間違いないと思われる。

勿論、為替問題は一筋縄では行かない代物であり、現況の円高は日本経済の強さではなく、単に通貨の供給量不足なのは日銀の二度の景気対策の通貨供給量増加で多少の円安になった事でわかる。為替操作は一国で対応できる代物ではないことも真実であり、隣国の韓国の経済対策でウォン安が招いた結果を見る限り、現代の世界経済が過去の様に通貨安だけでは解決出来ないことが分かる。少なくても、韓国を見る限り、今の世界経済の動向から通貨安でなく通貨高の方が国家の経済は安定することが分かる。そうは言っても、米国のノーベル受賞者のFRBバーナンキ議長はドル安で景気対策を行っているのを見ると有効なのは否定できないが、反面、米国では物価が上昇し稼ぎに追いつかに現象も生じている。バーナンキ議長は資産デフレを深刻にしないために物価上昇を容認していると推定できるが、日本の場合は急激な資産デフレが起きていない状況なので、通貨安の物価上昇の方が経済にマイナスとなると思われる。しかし、円高容認も中国経済が好調であったことが前提と考えられ、東日本大震災の回復による需要も期待したほどでない状況を考えれば、円安誘導も仕方がないと推定できるが、問題は適度な円安が操作できない為替の難しさを政治家が分かっているかだろう。総てを壊すのは何時の時代でも政治家だ。

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橋下大阪市長が日本維新の会と言う政党を立ち上げた。日本社会では維新と言う言葉で想起するのは"明治維新"と思われる。昭和初期にも軍人と一部民間人が昭和維新(2.26事件)を掲げて立ち上がったが、失敗した。確かに、世情が混沌として将来に不安が蔓延すると維新と言う言葉は魅力的に聞こえる。昭和維新には思想的的指導者の北一輝などがおり、確かに大きく日本社会を変える思想を持って立ち上がった。維新は「変革」、和語では「これあらた」であるが、明治維新の時には欧米の近代社会が変革に値する目標になり、正に社会制度の変革が人々の意識の変革まで作用したのである。では、現代日本で維新とは何かを考えると、人々の意識まで変革できる社会モデルが存在しないことは明白である。規制緩和の促進や財政再建、更には憲法改正が維新であると思うならお門違いだ。橋下大阪市長及び同士が掲げる維新八策など維新に値する代物ではない。世界中の政治家や経済学者が未来社会を想像できない時代に思想と呼べる理論もなしに維新を掲げるのはアジテーターとしか理解できない。何度も言うが明治維新には西欧の近代社会モデルがあったから実現したのである。少なくても昭和に維新を掲げた人達にはその事が分かっていた。平成の維新にはどの様な社会を構築するのか全く見えない。実現したい政治思想がないからである。垂直的な社会から水平的な社会が情報化社会で求められているにも拘わらず、相変わらず行政組織が対応できていないことに起因する事に関して単なる規制緩和などでは解決しないことは明白だ。欧米社会も対応できていないので混乱しているのに、明治時代の時の様に海外に学べ的な論調が維新の根底にあるのは笑止千万だ。橋下大阪市長には悪いが、お金儲けに専心していた人が哲学が必要な社会変革の勉強をしたのか聞きたい。本当に維新を標榜するなら情報化社会に必要な社会制度を構築する思想を発表する必要がある。そうでなければ百年以上掛けて構築された官僚組織を壊せるわけがない。民主党の様に国民に幻想を持たせて出来ませんでは万死に値する。馬鹿な政治家が冷戦が消失したから政治に思想が必要でなくなったとか、思想で判断できなくなったとか発言しているが、未来社会を想像するのに思想がなくて政治を行えるわけがない。政治家と官僚の大きな違いは正に此処にある。それを知らない政治家など選挙で落とすべきだ。

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日本社会の今の苦しみは正に戦後に日本が作り上げてきた正規分布社会を否定し、べき乗分布社会に移行するための産みの苦しみと言える。若い世代の人の多くは正規分布社会を社会主義国家として日本経済の停滞を招いた張本人と見做して非難する傾向が強い。しかし、正規分布社会に関しては、米国かぶれの若い世代は驚くかもしれないが、米国の若手官僚が戦後の日本で実験を試みた理想の社会モデルであったことである。勿論、白紙の状態で正規分布社会を植え付けることに成功したわけではなく、日本の若手官僚も国家社会主義的な考え方を持っていたことと同期したためでもある。何れにしても、戦後の日本は財閥が解体され、個人の資本家がいなくなり、企業の持ち合い株方式で企業利潤の追求が行われたが、この点も正規分布社会を作り上げる一因であったと思われる。欧米の資本家にとっては、共産主義国家を凌ぐ社会主義国家の出現は鬱陶しいものであったが、米ソ対立の冷戦時代には地政学的に日本を重視するしかなく、他国への波及がないことから黙認していたのが本音と思われる。しかし、冷戦構造消失し、軍事的に米国の独り勝ちになった時点で日本の社会主義的な正規分布社会を敵と見做すことになったと考えられる。その前に日本経済は為替問題で急激な円高を強いられて国内的にバブルが起こり、冷戦構造の消失後にバブルは吹っ飛んだために大きなダメージを受けていた。欧米の資本家にとっては日本の社会主義的な正規分布社会を壊す千載一遇と考えたかもしれない。余り陰謀説を強調すると主題から離れると同時に論点に関しても疑問を持たれるので推測はこの程度で終わりにするが、正規分布社会の崩壊は欧米の資本家にとっては歓迎すべきものであったのは事実である。つい最近まで経済は正規分布で成り立っていると考えられていた。正規分布の左右5%が異常値として無視できるとさえ言われた。しかし、リーマンショック後はブラックスワンなどの解説書が出版され、経済は常に異常値で変動することを言い出した。経済と社会はどの様な相関関係にあるのだろうか。子供のころに正規分布は学業成績の分布図と教えられたが、基本的に人の能力の分布は正しいことが証明されている。5段階成績評価では、2,3,4の成績で80%以上の大多数占める。最低の1と最高の5は少数である。人間社会の能力からみれば、正規分布社会が理想的であることが分かるのである。経済的な消費の観点からも正規分布社会であれば過去の日本の社会の様に80%の人が中流意識を持って購買力に期待が持てるのである。それでは当世風のべき乗分布社会に言及すると、経済的な富は20%の人に集中し、80%の人は平均以下の生活が強いられる社会である。この点からも消費が伸びて景気が良くなるという社会構造ではない。何を勘違いしたか、金持ちを作れば景気が回復するなどと言う戯言が蔓延したが、金持ちが投資したからと言って景気回復などあり得るわけがない。百歩譲って金持ちが生まれるとベンチャー企業に投資するので新しい技術や会社が増大し、景気回復に繋がるという考え方は間違いではない。特に、今の日本社会は行政が社会主義的な考え方が強く、大企業だけを見ているのでベンチャー企業が育たないことは確かだ。しかしながら、その点だけを見てべき乗分布社会が正しいとは言えない。日本は規制緩和前は競争社会でなかったと言うのも木を見て森を見ずの類だ。確かに、多くの業種に規制の網は掛けられていたが、網の中での競争は激しいものであった。公共事業の談合問題もインフレ時代を経験しない人達の認識不足だ。枝葉末節の議論ではなく、経済的には正規分布社会の方が良いか、べき乗分布社会の方の何れが良いかと言われれば、80%の人達が消費に動く正規分布社会の方が優れていると言わざるをえない。インターネットの出現で経済は否応なしにべき乗分布に移行せざるを得ないので、日本が正規分布社会に戻ることは出来ないかもしれないが、それでも理想的な社会は正規分布の社会主義社会と思われる。

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冲方丁の「光圀伝」を読んだ。この作家は「天地明察」と言う本を書いた作家だが非常に博識だ。歴史小説は若い時は読んだが、年を取るに従って理由はないが余り読まなくなった。徳川光圀公、本名より水戸黄門の名前で親しまれた水戸徳川家の二代藩主である。長い期間に亘ってTBSTVで放送された典型的な勧善懲悪の水戸黄門ドラマで有名になったが、私自身は江戸時代の領地区分から言えば水戸藩の領地の出身にも拘わらず興味がなかった。理由の一つは出身高校の所在地が旧領主の佐竹藩の発祥の地であり、応援歌にも徳川でなく「佐竹源氏の白幡~」などの歌詞があることと思われる。それ以外にも、水戸光圀公の父親の時代に徳川に反抗する多くの民を殺した事が領民の心の中に残り、水戸徳川は占領軍的意識が潜在的にあるかもしれない。そうは言っても、私の母の母親の実家は水戸徳川に使えた武士の家系であり、母は時代錯誤的に平民出身の父に対して良く、私は士族の出だからと父に腹が立つことがあると言っていた記憶があり、水戸徳川家とは関係ないわけでもない。特に、明治時代には私の曽祖父が水戸家所有の山林の管理を請け負って木材切り出しで貢献し、水戸徳川家から銀時計を賜った経緯もある。この銀時計は祖父が戦前に満州から引き上げる時に馬賊に取られたと言われ、私は見たことがないのだが、幕末の時に水戸家の領主が徳川幕府の名代でパリの万博に行く途中にローマ法王に謁見したときにローマ法王から賜った銀時計であったらしい。今残っていたならば家宝に値する価値があったと思われ残念である。話は横道にされたが、今回光圀伝を読む考えに到ったのは、故郷の歴史上の人物に対して余りにも無知であることを思ったからであった。又、茨城の地に文武両道の教えが生きているのは、旧佐竹藩と言うよりは、水戸徳川家の教えと理解したからであった。光圀伝は歴史小説だが史実に基づいて書いていると言われ、読むにつれて徳川光圀公の偉大さに驚いた。同時に、日本人の欠点も余すところなく書かれており、太平になった世の徳川幕府を見ると、正に現代日本の政治家と官僚を表わしていると思われた。わが母校の近くに光圀公が隠居した西山荘や水戸徳川家の歴代のお墓のある瑞龍山も遠くない場所にあったことを思い出した。記憶では高校生ながら水戸藩主の隠居家屋の西山荘の粗末さに驚いたものである。光圀公は若いときには派手な衣装で江戸市中を徘徊し、暴れん坊であったと言われている。その後、文事に目覚めて学問を学び、当代一流の学者にも引けを取らないほどであった様だ。現代日本の政治家や高級官僚に欠けているのは武道の稽古で養われる胆力であり、当時の学問である論語、朱子学なのど「義」や「考」の教えであることが分かった。私自身は光圀伝を書店で見て不思議と迷いなく手に取り読むことになったのは何かに導かれた様な気がした。この時代のこの年で光圀伝を読んだ事が、今後のわが人生に大きな影響を齎すのは間違いない。光圀伝は自分が歩んできた生き方を振り返り、今後に生きる指針となる歴史小説と思われた。